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「流してくれ」
おっさんに言われて、はっと我に返った。
言われた通り水洗レバーを下げてやると、おっさんは、ひぃと情けない声を上げて便座に尻餅をついた。
「この激流……飲み込まれれば命はないな」
唸るように呟いて、おっさんはごくりと喉を鳴らした。
おっさんを突き落としてもう一度水洗レバーを下げれば何もなかったことにできる――。
一瞬そんな考えが浮かんだが、実行には移さなかった。
これがもし本当に夢でなかったら困る。
俺はおっさんを連れてリビングへ戻り、テーブルに座らせた。
向かい合わせに胡坐をかいても、まだ俺の方が背が高い。
見下ろされるのは気分が悪いと言って、おっさんはティッシュの箱によじ登った。
怯えているうちはまだ可愛げがあったものを、小さいくせに態度だけはでかいときている。
おっさんは腕組みをして、これからどうしたものかと呟いた。
「とりあえず出てけよ」
俺は世帯主としてごく当然の主張をしたはずだ。
しかしこの図々しいおっさんは、鼻息も荒く俺に食ってかかった。
「君には良心というものがないのか! もし私を外へほっぽり出してみろ。猫に食われて即おだぶつだぞ」
「俺の知ったこっちゃねえよ」
うっとうしいと呟いて背を向けると、おっさんはティッシュ箱の上で地団太を踏んだ。
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