―34章.終息―

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   赤々と輝く月は見下ろしていた。粘っこい何かで赤黒く染め上げられた大地を。積み上げられた屍の山を。勝利の余韻に頬を弛緩させた人々を。  しかし、そこに彼の姿はない。それは、ある知らせが念話によって届けられためであった。 ×××××××××××××××  ──サキカは、徐々に冷たくなっていく彼の身体を抱き締めていた。  彼の身体から流れ出た赤い血が、ポタポタと滴り落ちる音がする。  彼の命を奪い去ったサキカは、その場から動けずにいた。すべきことはまだたくさんあるのだ。だが、そうとわかっていても動けない。  彼の“ボックス”の中身が、静かに彼の周りに現れている。魔力の供給を失った“ボックス”魔法は、効果が失せたのだ。  ──胸にぽっかりと穴があいたようだ、というのは、こんな気持ちのことをいうのだろう。どす黒い何かが心を支配し、思考は停止して大したことを考えることはできない。  呆然と座り込んでいたが、ふとあるものに視線がとらわれた。──彼の“ボックス”の中に入っていたのであろうそれは、表紙の擦りきれた、一冊の古めかしい本。  片手に彼の遺体を抱き抱えたまま、それを手に取る。ゆっくりと表紙を開けて、そこに貼られていたものを目にして、サキカは再び頬から何かが伝わり落ちるのを感じた。  それは、一枚の写真。──黒目黒髪の彼、 青い髪の彼の妻、彼によく似た、しかし髪色だけは彼の妻に似た少年、目も髪も紅い笑顔の似合う少年、それから無表情の──幼い自分の姿。 .
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