縹と青磁

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 翠の白い手があたしの首に回されて、そこで漸く深く息が出来るような錯覚に陥った。  「なに、わらって」  大きな瞳から涙を溢し続ける翠の言葉によってあたしは自分の頬が緩んでいることに気付かされる。ふふと細い指が重なる喉から声が漏れてしまった。翠はさぁなんで怯えてんの?  「葵、怖くないの?わたし、あんたの首を」  絞めようとしてるんだよ、と続けられる筈だったであろう言葉は、けれどその赤い唇から紡がれることはなかった。白い頬、その木目の細やかさを確かめるようにあたしが撫で上げたからだと思う。  「なん、で、 」  そこで翠はわっと声を上げて泣き出してしまった。喉に掛けられていた温かな手は既に外されていたのであたしは少し残念な気持ちになった。翠が、翠の手が大好きなんだよ、あたしは。  「何で笑ってんのよ、ばか!わたしに殺されるかもしれないって時に、なんで!」  泣き喚く翠を見て、それでもあたしはまだ微笑んでいた。  だってさ、あたし嬉しいんだよ。翠があたしを殺してくれるなら、そりゃあ嬉しくて笑ったりもしちゃうさ。  震え続ける翠の肩を抱いて囁けば翠はあたしの胸に飛び込んでくる。結構衝撃が強くて後ろに倒れ込んでしまって、押し倒すなんて翠ってば大胆と笑うとばか!と怒られた。  本当にばかだよね、翠が何度あたしの首に手を掛けても力を込められないって知ってるのに。翠があたしを殺せないって分かってるのに。なのにあたしは翠にこんなことさせて勝手に喜んでにこにこしてさ、翠がどんなに辛い気持ちであたしの首を絞めようとしてるのか知ってるくせに。  周りの人はあたしを可哀想だと言って同情するけど、本当に可哀想なのはいつも隣であたしを見てる翠なんだ。何度死のうとして未遂で終わったことか、その度に翠はお願い生きて生きようとしてって泣いちゃう。あたしなんかのためにさ。  ごめんね翠。可哀想だね。でもあたしはやっぱり嬉しいんだ、翠があたしを思って殺そうとしてくれるのが、嬉しいから笑っちゃうんだ。  好きだよ、好き好き、だからあたしは笑うんだよ、大好きな翠があたしを思ってしてくれることだから。  翠はぐすぐすと子供みたいに泣きじゃくりながらばかと言った。  まだもう少し生きるのも悪くない、と思った。
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