プロローグ

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 月も星も厚い雲に覆われた明りのない夜空の下に、とある私設美術館がある。  丸い円形状の建物は一見、何らかの研究施設かと思われる造りをして窓が少ないが、天井には幾つかのガラス張りの小窓があり、建物の中央には一階から天井まで吹き抜けの分厚いガラスを通して、中央の展示物を月明かりが照らす設計にされている。  残念ながら、今夜はそんな夜の仄かな光の恩恵に当ることはないが。  すると、既に閉館した建物の屋根から内部へと侵入を試みる一つの影が。  私設とはいえ、持ち主の貴重な美術品を数点治めているそこは、深夜でも警備の人間が見回りを続けている。  だが、影は慣れた手つきで天井の小窓を外し、その身をゆっくりと滑らせた。  大柄な体格が必要分だけ滑り込ませられる程度へと開帳された窓から、必要最低限の灯りが灯された天井近くの通路へと、影は大きく身体を躍動し、静かに降り立つ。 「よし・・・」  着地成功、と小さくガッツポーズを心の中で唱えた影は、男だ。  周囲を警戒しながら、男は即座に目的の部屋へと向かい、足音を響かせない、空気の抵抗を感じさせない素早い動きで駆けだした。  廊下の両脇に等間隔の距離で展示された絵画や壺には、それぞれロープが張られ、見えないがしっかりと警報センサーが張られている。  しかし、彼の目的はもっと別にある。  館主が収集した絵画もある程度の価値が備わっているが、今夜男が狙っている獲物に比べれば河原の小石程度でしかない。  センサーが張られているとはいえ、男が移動する分には何も問題はない。念の為にと赤外線暗視スコープは付けているが。 「・・・!」  すると、廊下の角、緩くカーブを描いた奥からライトの灯りが照らされた。  巡回の警備員だ。足音と共にライトの光源が近づいてくる。  男は咄嗟に壁を蹴って天井へと身体を張りつかせる。  天井と壁の窪みや出っ張りで身体を支えてバランスを取った。
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