もうひとりの営業マン。

2/15
6849人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
街中を全速力―――彼女なりには精一杯の力で駆け抜ける。 (やばいっ、遅れる!!) 会社の歓迎会兼、昇進祝いの集合時間まであと五分。 現時点から普通に歩けば約十分、走れば何とか間に合うといったところか。 こんなにも力いっぱい走るのは久しぶりだ。 最近は体を動かす機会がめっきり減り、元々運動が苦手な瀬名にとってはかなりの負担だ。 だがこんな状況に陥ってしまったのは彼女自身のせいである。 数時間前、荷物を受け取ってからは暫く頭が働かないままであった。 沙那もいる手前平静を装っていたが、人生初の出来事に内心はとても落ち着かず。 今まで告白の経験はする方もされる方もなかったし、二次元ならともかく現実の誰かに恋愛感情を抱いた事は無かった。 それに対する焦りも感じていなかった。 そもそも恋愛自体への興味が皆無だったのだから。 漫画やアニメ、ゲームの時間、仕事の時間が心地良かったし、それで日々充実していた。 そんな人生を送ってきたから、急に「一目惚れだ」と言われても戸惑ってしまう。 思考回路がグシャグシャだ。 (水上…さん、連絡して欲しいって言ってたなぁ) けれど相手は初対面。 メールを送るという事は、個人情報である自分のアドレスが相手に伝わる。 大袈裟かもしれないがそう簡単に伝えてもいいものだろうか。 さらに電話はもっと抵抗を感じずにはいられない。 営業職なだけあるのか携帯番号も名刺に記載されていたが、電話の方がより勇気が必要だろう。 (メールくらいならいいかな…フリーアドレス使おうか…。 でもどう打ったらいいんだろ…) あれこれと悩んでいるうちに、ふと気が付けば出発予定時刻。 結局答えは出ないまま、化粧もそこそこ、服は普段通りと慌てて身支度を整え家を飛び出したのだった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!