プロローグ そして動き出すもうひとつの物語

2/2
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/176ページ
その感情はあまりに強烈で、幼かった私の未熟な器を満たし、溢れるに当然だった。 声にならない慟哭。 渦中、うずくまる人。 その手には骸。 残酷な宗教画の如き世界は、ただ血の香をもってのみ色を放つ。 憎しみ、上回る悲しみ。 愛しさは、流れ込む先で私の心臓を食い破り、甘い痺れを齎してゆく。 これは、彼の感情だ。 私ではない。 解ってはいるのだが、何故だ、涙が止まらない。 あれからどれだけの時がこの身の上、過ぎただろう。 あの感情の主であった彼も、今やこの世にはいない。 そう、彼女がそうであったように。 しかしあの鮮烈な感情は、私の中、生き続け、思い出したように甘い痛みを誘うのだ。 なあ、人間。 何故お前たちは私に、このようなものを残したのか。 長い長い時間の中で、私も失われた力を取り戻した。 時は満ちた。 この痛みを癒す者は一人。 我が花嫁よ。 今こそ君を迎えに行こう。
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!