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「それは安倍家に対する愚弄ぞ」
一人の陰陽師が青年に扇を突き付ける。
烏帽子も被らず、髪も項(うなじ)で軽く結わえただけの髻放(もとどりはな)つ無作法な人間は、陰陽寮で唯一人しかいない。
「愚弄? では、貴殿方は安倍の者を人間ではないと仰いますか?」
青年はそう言うと、大袈裟に目を丸くし、「うわ、心外だなあ~」とわざと肩を竦めて見せた。人間ではないと言う方が、よっぽど愚弄だ。
陰陽師達が各々扇を握り締める。青年はふっと笑声を溢すや、その菖蒲色の紫眸を細めた。
「家などいつかは絶えるもの。永きに渡る栄華など無いに等しいのですよ。安倍家もまた、その道を辿っているということです」
そう言い残し、青年は彼らの横を通り過ぎて行った。陰陽師らの誰もが彼を追えず、青年が薄暗い廊下の影に消えゆくのを黙って見ているしかなかった。
「あからさまな宣戦布告はお止しなさい」
青年が廊下を歩いていると、不意に何処からか声が降ってきた。
「事実でしょ?」
青年は素知らぬ振りをしながら歩き進む。声の主が溜め息を吐いた……気がした。
「今宵、仕事が来る。余計な事は──」
「分かっております。……お気を付けて……」
青年がそう言うと、声の主の気配は消えた。
「……やれやれ…本当に怖いなぁ、もう」
子供のように頬を膨らませ、先程まで声の主がいたであろう天井を仰ぎ見る。
「ま、僕は朝廷なんてどうでも良いけど……」
青年は再び歩き出した。
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