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「――なぁに笑ってんのよ」
静かに掛けられた声。女のような口調で、しかし声は男のもの。
女は別段それを気にした様子もなく『友』の頭を撫でている手を止め、その声の主に淡く笑みを返した。
「いーえ? 何も」
暗闇の中、灯りは蝋燭、そして月光のみ。その灯りが胡坐を掻く男と、壁に寄りかかる女、そしてその『友』を照らしている。不意に男はその女の肩に乗っている『友』を眺めた。
思えばいつも肩に乗っている彼女の『友』は、安心しきったように目を閉じている。
「……私いつも思うんだけど……その鴉重くないわけ?」
「鴉とは失礼な。クロです。クロ」
「あんた、前は黒曜って言ってたじゃない」
「それは本名。クロは愛称です」
そのやりとりに、『友』が小さく鳴いた。
彼女の『友』。それは、1羽の鴉。本来は黒曜【コクヨウ】という名なのだが、先程彼女が言ったように『クロ』と呼ばれている。
もう彼女はその鴉と長い付き合いだから、気心も知れているのだろう。しかしそれにしても、誰よりも気の許せる存在が鴉というのはいかがなものか。自分には何ら関わりのない事だから別にかまわないのだが。
「……言ってなさいよ」
男はため息をつきながら、それ以降は何も言わなかった。
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