あの少年でもないけれど

2/11
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「これをあげよう。」 サエさんはそう言って、私の手の上に小さな箱を置きました。 それは、まっかな包装紙に包まれ、きらきらときれいな金色のリボンで飾られた、すてきな小箱です。 「これはなんですか?」 私が問うと、サエさんは「その質問を待ってました」と言わんばかりに、泣きはらして赤くなった目を細め、いたずらっぽく微笑みました。 「バレンタインチョコだよ。」 冬の公園。 サエさんの声は白い息となり、一瞬だけあたたかそうにほっこりとふくらむと、とけるように消えていきました。 再び鮮明になった視界の先に、鼻の頭を赤くしてにんまりと笑う彼女の顔が表れます。 バレンタインチョコとは好きな人にあげるべきものであって、私のような物がもらうべきではありません。 そもそも私は、チョコレートが食べられません。 サエさんが私を困らせようとしているのは明白です。 だからといって「コラッ!」と彼女を叱ることもできません。 だってサエさんのまっくろな瞳が、とっても楽しそうに輝いているんですもの。 いつもは体調を心配してしまうぐらいまっしろなほっぺも、今はほんのりと赤くなっていて、とっても可愛らしいのです。 「ど……どうして私に……?」 「好きだから。」 動揺する私に対し、彼女は実にあっさりと答え、小鳥がさえずるように笑い声を弾ませます。 「ホワイトデーにお返しちょうだい!」 サエさんは歌うようにそう言うと、私の胸に飛び込んで来ました。 やわらかく、ぬくもりに溢れた、ジャスミンの香りがする抱擁でした。 そのときのサエさんの笑顔があまりに眩くて、左目の下に並んだ2つのホクロが涙みたいに貼りついているのが悲しくて、私は思わず、彼女から目を逸らしてしまったのです。 雪が、降っていました。 昼というには遅く、夕方というには早いこの時間。 空は物憂い灰色で、うすっぺらな白い光を落としています。 うすい光に侵された街は、平坦に均され、色を失い、私達を置き去りにして、どこまでも遠くなって行くようでした。 まるで、私とサエさんだけがまっしろな世界に取り残されたみたいです。 不思議にとても静かで、自分の胸の震えがかん高くかすれた音となって、鋭く耳に刺さっていました。 私のメモリーに、ひときわ印象深く刻み込まれたこの日は、そんな、白い日だったのです。 ― ― ― Last date:4601/2/14
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!