あの少年でもないけれど

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 * * * 私がサエさんと出逢ったのは、西暦4590年3月14日のことでした。 当時、私の兄弟達は『パーツをカスタマイズすればどんな仕事も完璧にこなす』という画期的な新製品だったのです。 私自身も新製品として、同じ顔をした兄弟達とともに、眠ったまま店の売り場へ陳列されていました。 もし、ここでサエさんのお父さんが、娘へ贈るホワイトデーのプレゼントとして私を選んで下さらなかったら、私の人生はまったく別物になっていたことでしょう。 私が初めて目を覚ましたのは、サエさんの家のリビングでした。 電源を入れられ、ゆっくり目を開くと、小首をかしげた女の子が、希望と不安の入り混じった眼差しで、まっすぐに私を見つめていました。 絹糸のように艶やかできめ細やかな黒髪はさらりと肩に流れ、左目の下にはちょんちょんと可愛らしいホクロが2つ並んでいます。 綿が詰まっているかのようにハリのある短い手足に、ふっくらとしたおもちのようなほっぺ。 まさに、天使。 ナチュラルモダンなインテリアに囲まれた天国で、アイボリーのソファーに座っていた私を見つめていたその天使は、当時5歳のサエさんでした。 「サエ、もう電源入れた?」 私が初期値設定(初めて見た人の顔を自分の主人として登録する)をしていると、男の人の声が聞こえて来ました。 声のした方へ振り返ってみると、すこし開いた部屋の入り口から、男の人と女の人がこちらを見ています。 後で知ったことですが、この男の人と女の人は、サエさんのお父さんとお母さんでした。 サエさんは嬉しそうに返事をして、お父さんとお母さんに駆け寄ります。 お父さんがサエさんを抱き上げて、くるりと1回転すると、明るい笑い声がビー玉みたいに散らばりました。 楽しそうな2人に対し、お母さんだけは嫌に苦い顔をして口を開きます。 「サエを主人にするのはまだ早いんじゃない?」 お父さんはおっとりとした口調で応えました。 「『アトム世代』だし、サエが未成年のうちは僕達に従ってくれるさ。前のは寿命だったし、丁度いいだろう。」 『アトム世代』とは、私のように感情がある物を指します。 何でも、有名な漫画に登場する100万馬力な少年の名前から、そう呼ばれることになったのだそうです。 私が誕生したこの時代には『アトム世代』達が、介護やハウスキーパーなどの仕事を行うことが常識となりつつありました。
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