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─っ─…
あやすようなオルゴールの音
シューベルトの子守歌が緩やかに響き渡る。
(─…これは…どこだ?)
「私は赤ん坊なんていらなかった!お金が欲しかったのよ!勘当ですって!?冗談じゃないわ!!」
「お前、そんな女だったのか!ッ」
静馬は瞼をゆっくりと起こすと、つんざくような女の声と、怒鳴り付ける男の声が聞こえてきた
ゆっくりと視線を声の方にむけると背が高い男と、痩せた女が言い争っていた。
女は顔を歪ませ、紅を引いた赤い唇を開き、罵倒しながら男の手から逃れようと身動ぎする
その手には大きな鞄を持ち、この部屋から出ていこうとしているのがわかる
「…っこんなお荷物生むんじゃなかった!」
「っお前、それでも母親か!!」
「ええ、母親よ?でも、私は母親になんかなりたくてなったわけじゃないわ?幸せになりたいからこの子を産んだの。
でも、それは失敗だったわ。お金がない以上、貴方にも、この子にも用はない。育てたいなら独りで育てて?それが無理なら施設に預けるなりしなさいよ。」
(…母…さん?)
振り返ってこちらをみやる女の顔をみて、静馬は目を見開く
自分の顔立ちに似た容姿の女性で、飛びきり美女ってわけではないが、少しキツイ印象の小綺麗な女性だった
思わず手を伸ばすと、母らしき女性は一瞬顔を歪めて、目を静馬から反らし、アパートの扉へと向かう。
真っ赤なヒールを履いてドアのぶを握ると、一瞬こちらを振かえり、唇を開いて何かを静馬に向かって呟いた。
「……っね…」
(っ…?)
唇の動きを読み取った瞬間、扉が閉じる音と、離れていくヒールの踏み鳴らす音が響き渡った…─
「っは…─!?」
ガバッと起き上がり、あたりを見渡せば…まだ夜明け前のようで部屋は暗く、キリエの寝息しか聞こえない
額の手を当てればぐっしょりと汗が頬を伝う
「…っ……オムレツは~…ふわふわ…」
と寝言を可愛らしく呟くキリエに目を細め、静馬は先程みた夢を思い返す。
「…っ…なんて…言ったんだ?」
去り際の母の言葉がわからず、静馬はくしゃりと頭をかきあげ、ガタガタと風で震える窓ガラスへと目を向けた
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