ユウゲショウ

3/24
721人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
「ドビュッシー、ゴリウォーグのケークウォーク」 「分かった」 何の曲を言っても分かっている様子の彼。 鍵盤に指を乗せるとまもなく演奏は始まる。 愉快な曲。 テンポがよくて、小人が走って丘を駆け抜けるような…そんなイメージができる。 これは私の密かな目標。 リクエストをした時、いつか『その曲は知らない』と言わせてみたい。 そんな小さな意地悪な気持ちが私の中にはあった。 「…あっつい」 演奏を終えて、冷泉君は気だるそうに手で仰ぐ。 音楽室には冷房も暖房もない。 開けっ放しの窓からは生ぬるい風だけが時折入ってくる。 私の額にもうっすら汗が滲んでいる。 秋や春には過ごしやすいけれど、冬や夏には適していない。 ブラウスを握って胸元をパタパタさせる彼は何というのか、色っぽい。 女の人じゃないのに綺麗だ。 恥ずかしくて目を伏せた。 「帰ろうか」 その言葉で私は彼と一緒に音楽室を出た。 前より自信を持って隣を歩くことが出来るようになった。 見上げると無表情の冷泉君。 「何?どうかした?」 「えっ…と、何もない」 「…」 相変わらず、口数は多くない。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!