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ヴェルディア帝国皇都ヴィンターガルテンにアレクサンドル・エーベルハルト・クロプシュトック中将率いる北方鎮撫軍が民衆の万雷の歓呼に迎えられ凱旋したのは聖王暦一八六六年七月の事であった。
ヴェルディア帝国は西方大陸の北部全域、ケーニヒスヴァール島(西方大陸北部に浮かぶ島嶼。縦長で面積は西方大陸の四分の一程)
の南半分、幾らかの海外植民地を統治する強国である。
この北の大帝国が派遣した北方鎮撫軍は、ケーニヒスヴァール島北部を支配する新興国ジルベニア大公国の侵攻に対して派遣されたものであり、北方鎮撫軍は現地の駐屯軍に加勢し雲霞(うんか)の如く攻め寄せたウラジーミル・レザノフ大将率いるジルベニア軍を鮮やかに撃退し、その大任を果たしてみせた。
この華々しい戦果の誇りを胸に沿道の観衆に手を振り、笑顔を投げ掛けながら将兵らは意気揚々と皇都を行進する。
頭上には空を覆わんばかりの花吹雪が舞い、楽団の奏でる凱旋行進曲が、いと高らかに奏でられ英雄達を迎えた。
出征していた恋人や夫の姿を行進の列に認めた婦人らが我先にと彼らの元へと駆け寄り、歓喜の口付けと抱擁で最愛の人をもみくちゃにする。
〝クロプシュトック将軍万歳!〟
〝良くやった、羆将軍(ひぐましょうぐん)!〟
皇帝の待つ金獅子宮を目指して歩を進める軍勢の先頭を行く騎乗の将官、北方鎮撫軍司令官アレクサンドル・エーベルハルト・クロプシュトック中将の姿を認めた人々は喉も裂けんばかりに彼へと盛大なる賛辞を贈る。
アレクサンドルは齢五十八の黒々と逆立つ髭に顔を覆われた身の丈、二槍に達する大男である。
金の総付肩章に彩られた漆黒の軍服に船底型の前後に長い軍帽という装いこそ他の帝国軍将兵と何ら変わらないが、アレクサンドルの余りにも野性的な風貌は衆目を集めずにはいない。
※二槍:約二メートル相当。
〝西方大陸の単位〟
針(ナーデル)=センチメートル相当。
槍(ランツェ)=メートル相当。
鯨(ヴァール)=キロメートル相当。
雫(トロップフェン)=ミリリットル相当。
瓶(クルーク)=リットル相当。
森(ヴァルト)=ヘクタール相当。
屋(ゲボイデ)=アール相当。
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