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共和国の首都、ヘルツェゴビナは今日も人混みに溢れ、行き交う乗用車で混雑していた。
それだけの通行人がいてもまだ余裕のある広大な通り。その所々で多岐に渡る店舗が軒を連ねている。
その光景だけでも首都の名に恥じない、壮麗な街並みだ。
「えーっと……」
旅行客のような街に慣れていない人でも分かりやすい区画整理や道幅を広く改修するなど、防衛面よりも経済成長の促進を重視した都市開発。
その最先端をいくこのヘルツェゴビナの内、特に商業が盛んな区画の一角を少女が歩いていた。
「画材店はこっち……?」
自問しながらきょろきょろと辺りを見回す。
腰まである桃色の髪に華奢な身体、ベビーフェイスと童話に出てくるお姫様のような見た目だ。
学生服を着ているから恐らく学生なのだろう。
「……いくらなんでもこの地図は読めないよ」
おもむろにポケットから四角に折った紙を取り出して愚痴るように言う。
可愛らしい容姿とは反して平坦な声。表情も固く、柔らかい物腰が飛び出してきそうな見た目とはややイメージが異なっている。
前髪の右端を三つの赤いヘアピンで留めているのが特徴的だ。
「はあ……」
少女は小さく溜め息をつくと、紙を折り畳んでポケットにしまう。
そしてまたきょろきょろしながら歩き出した。
「ママー。見て見て、これかわいい?」
「あら、さっき買ったリボンね。とっても可愛いわよ。パパが見たら卒倒しちゃうかも」
「そっとうってなにー?」
「アンヌが可愛すぎてびっくりしちゃうってことよ」
「やったぁ、ならお家に帰ったらパパにも見せてあげようっと」
ふと、道行く親子に目が止まって立ち止まる。
小さな女の子とまだ若々しい印象の母親だ。
女の子は無邪気に笑い、それにつられて母親も微笑んでいる。家族の団らんといったところだろうか。
「…………」
手を繋いで仲良く歩いていく親子を眺めながら、少女は口元を緩ませる。
今ばかりは柔らかい、とても優しげな微笑みだ。
「あ……」
親子を見えなくなるところまで見送ったところで、道端に落ちている新聞に気づく。民報のようだ。
新聞を拾い上げると、記事に目を移した。
『軍を去った英雄は、今――』
でかでかと書かれた見出し。それを見て、少女は目を丸くする。
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