人間讃歌

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「……そっか」 すると薫さんは僕の手を繋ぎなおした。 そしてニコッと笑いかけてくれる。 「じゃあ次の休みは家の縁側にでも座ってボーっとしてるか」 「え?」 「それとも屋根に上って一日中空を眺めていようか」 「あ……」 彼は嬉しそうに笑うと手を引っ張るように歩き出す。 だから僕はつられて歩き始めた。 (違います、そうじゃなくて……) 優しくされるほど歯痒くて胸が苦しくなる。 恋というものがこんなに複雑で難しいものだと知らなかった。 僕は薫さんに恋をしたあの日からずっとそれを学び続けている。 でも学ぶというには辛すぎて、改めて人の偉大さを実感していた。 人間は死ぬまでこんな事を繰り返しているのだから凄い。 「…………」 するといつの間にか視界が霞んでいた。 今にも零れ落ちそうな涙を抱えて下を向く。 もし薫さんを見上げたら間違えて涙が零れちゃうと思ったからだ。 (やっぱり僕は……) 胸が詰まって苦しくなる。 それを振り払うように僕は声を上げた。 「あ、あのっ」 「なー真白」 だが僕の声は被さる彼の声に掻き消された。 その暢気な声は僕の異変に気付いていない。 「来週の日曜日が何の日か覚えてる?」 「え…?」 「真白がオレの家に来た日、なんだぞ」 「あっ」 すると彼はピタッと止まった。 驚いて見上げるともう自宅のアパート前に来ている。 ここは相変わらずオンボロで今にも崩れてしまいそうだった。 今の彼ならもっといい家に住めるのにこの家に住み続けている。 いつまでも慎ましく暮らす彼に欲は見当たらなかった。 だけどそれを問うと薫さんは笑って首を振る。 「欲のない人間なんて居ないよ」 その言葉がやけに印象的だったのを覚えていた。
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