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木々のさざめきに紛れて聞こえるのは、人の声。
滲み流れた過去の欠片。
ハルが受けとる、ククルの軌跡。
――――想いは、尊い。
声は、言う。
かつて彼女がそれを耳にし心に刻んだ通り、鮮やかに。
――――けれど世界は、想いだけでは動かない。
それはただの、子供のわがままに近い諍いだった。
魔物の子供を見つけて仲良くなった幼子が、討伐依頼を受けたギルド員に殺さないでと願っただけの、小さな出来事。
そんなことは安全面を考慮すれば論外であり、また仕事として請け負った者にしてみれば寝言は寝て言えと言いたくなるような戯れ言だ。
最初はローブのフードを目深に被っていた、恐らくかなりの実力者は、仕事を終えた今、顔を晒していた。
覗き見の俺に見覚えはない。
が、声に聞き覚えがある気がする。
まあ所詮は記憶なのでどこまで本物に近いかはわからない。
ローブの人物は女だった。
たった今魔物を切り捨てた女は、幼いククルの前に膝をつき、告げる。
――――世界で自分の想いを通すには、力が要る。
――――想いを理解し共に動く、仲間が要る。
此処で言う「力」とは、武力のことではない。
否、武力だけのことではない、と言うのが正しいか。
知力でも、財力でも、権力でもいい。
相反する意思と戦うための、何か。
自分の想いを貫き、貫いた後を支えるための、何かだ。
――――お嬢ちゃんは今はまだ、どちらも持ってない。そしてあたしは、どちらも持っていた。
わかるね?と。
噛み締めるように、一言一言、女は言う。
――――あんたはこれからだよ、お嬢ちゃん。
そこまで言って、女は漸く、泣く子供を慰めるために頭に手を置いた。
小さな亡骸を抱いて涙を流す少女にも、本当は「どうするべきか」なんてわかっている。
それでも、それでもだ。
それでも、救いたかった。
ただ、生きていて欲しかった。
それは心からの、願いだった。
だから、だろうか。
年端も行かぬ幼子に対して、話している大人も真剣だった。
頭ごなしに、自分の正当性を押し付けるのではなく。
恐らく自分が指針としている、理を説いた。
それは幼子に向けるのに相応しい言葉とは言えなかったかもしれない。
曖昧に「御免よ」と告げて、菓子の1つも渡せば良かったのかもしれない。
しかし彼女は、そうはしなかった。
不器用なのか配慮が足らないのか、大人でも怯みそうな「事実」を、ククルに告げた。
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