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保健室
私は今、白い部屋にいます。見えるものと言えば丁寧に洗濯の為された純白の寝具一式とカーテンで仕切られた四角い天井、静寂のベールの向こうに無邪気な声が響き、そして鼻を衝くのは微かな薬品の匂い――そう、此処は保健室。
とは言え私は健康そのものであり、今日の主役は目の前に横たわる彼の方。平気を繕う為に詐欺師の名に恥じぬ健闘を見せたようですが、体内から蝕む病魔には抗えず放課と共に廊下で崩れ落ちてしまったのです。掠れた喉の具合から察するに風邪でしょうか。
「柳生…苦しい、治せ」
「私は医者ではありません」
「蛙の子が蛙なら、医者の子も医者じゃ」
「貴方は人を何だと思っているのですか」
薄く開いた眼で恨めしげに睨み付けながら訴えてくる様は普段通りの彼のように見えるが、やはり呼吸が辛いようで語気も幾分弱々しい。熱に潤んだ瞳が私を映して切なげに揺らめいています。無感情に見える彼でも病に伏すと心細いと感じるのでしょうか。
ぴた…濡れタオルのずり落ちた額に掌を乗せてみた。白く冷たい皮膚は瞬く間に熱を奪い温もりを帯びていく。尚も文句を言い並べて起き上がろうとする上半身を押さえ付け、汗ばむ顔や首筋をタオルで拭いながら半ば無理矢理に目を閉じさせると、もはや何を言っているのか分からない譫言のような呟きが喘ぐ唇から漏れる。
いつしか静かに瞼を下ろして寝付いていたようです。紅く上気した頬を晒す無防備な寝顔に些か良からぬ考えが頭を過ぎりましたが、相手は病人、直ぐさま邪念は払拭して胸の奥へ。何はともあれ、弱った仁王くんなんて滅多に見られるものでもないですし、しばらくデータ収集でもさせていただきましょう、…なんて。
さりげなく私のシャツの裾に潜り込んでいた手は布団の中に押し戻しておきました。
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