陣の章

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契約書の片割れは、じき株式会社陸奥に送られる。そう約束し、梢は部屋を出て行った。 光とともに、大和は地下駐車場へ向かった。 車の後部座席には、樹が乗っていた。 手足を縛られ、鼻の周りには目ヤニ。よだれを垂らし、眠っている。 大和の荷物を手渡したとき、初めて光が口を開いた。 「……お母様の言う通り、長門ホールディングスへの打撃は様々な末端企業からの恨みを買います」 「言ったろう。覚悟の上だ」 「大和さまは、片道の覚悟でこのお屋敷に……」 荷物を受け取った大和は、トランクにそれを詰め、運転席に向かう。 「大和さま! わたくしも連れて行って下さいまし! 外の世界に!」 それが、今まで我慢していた想いのすべてだった。 「わたくしは本当に、本当に! 貴方さまをお慕い申し上げております!」 初めは単なる興味や好奇心の類だった。しかし今は違う。 「大和さまと過ごしたこの四日、光の心には大和さまの存在が刻まれ、貴方さまを思うと何故か涙が込み上げるのです!」 悲痛にも似た光の言葉に、大和は眼鏡越しで、ドアの取っ手を握る自身の手を見ていた。 「わたくしの恋心に、一片の希望もないのですか!?」 光の告白に、大和が顔を上げた。 彼女の心臓が高鳴る。 「……無い」 冷たい男の断言は、乙女の心を奈落まで突き落とした。  
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