『春祀典歌』小話

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「紅陽…」 「二人を迎えに行くか?」 「は、はいっ」  紅月と紅陽が多くの複雑な感情を理解するのは、まだもう少し先かもしれない。しかし、千年の間に少しずつ成長し続けた二人の心なら、それもそう遠くないはずだ。 「魄皇様、歩いて向かわれたようですね」 「じゃあ俺達も歩こう」 「あ、私も今そう言おうと思っていたところです!」  普段あまり表情を変えない紅陽が、嬉しそうな紅月につられたようにふと笑う。 「行こう」  そう言った紅陽が紅月の手を引いた。  紅月が、胸の真ん中辺りに小さな鼓動を感じたのは気のせいだろうか。  二人の間に生じた変化は、時に孤独を…時に悲しみを生むかもしれないけれど。それ以上に、喜びと…誰かを想う優しい気持ちを与えてくれるはずだ。 「あっ…魄皇様、奏哥!お帰りなさい!」  二人を見付けた紅月が、紅陽の手を離れて駆け出す。 「迎えに来てくれたの?」  答える奏哥を抱き締める紅月。そんな奏哥を見守る魄皇と目が合い、苦笑された意味を紅陽はまだ分からないでいた。  でも、いつの日か…そう遠くないうちに、その手を離したくなくなる日がやってくるだろう。  ―――春の夜、双子だけが知る小さな出来事だった。 .
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