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「起立、礼、着席!」
学級委員の号令とともに、魚山中学校2年3組の6限目が始まった。科目は国語。担任の今井宗治教諭の授業だ。今井はとても生徒の面倒見がよく、生徒からも保護者からも信頼されている敏腕教師である。来年は教頭になるとかならないとか、図らずともそんな噂が出回るくらいなのである。ただ少し、自意識過剰なところがある。
太陽の光がジリジリと音を立てているかのような錯覚を起こさせるほど、夏休みを3日後に控えた、7月下旬の熱い日差しが教室に差し込んでいた。その熱い日差しと、1日の疲れと、担任の授業という安心感からか、寝ている生徒も少なくない。そういう生徒を、今井は起こして回っている。
「おい、黒田。起きろ」
黒田隼人もその中の1人だった。隼人は眠い目を手でこすり、机から顔を離して上を見上げた。その瞬間、視界に薄くて長方形の物体が飛び込んできた。それには、『新しい国語』の文字。頭を整理する間もなく、視界が遮られる。
――パシンッ!
軽快で気持ちいい音が室内に響いた。
「痛っ!」
隼人は頭を手で押さえ、顔をしかめた。ようやく状況が飲み込めたのか、「すいませんでした」と小さな声でつぶやく。
「どうだ、先生のスイングは? これもテニスをやっていたおかげだな」
今井は隼人の謝罪は気にも留めず、プチ自慢をした。まあ、悪意がないのは分かっているから憎たらしいなんて思わないけど……、それでも先生に注意されるのは気分が良くない。でもみんなそんなものだろう。
周りを見ると、他の生徒は笑っていた。隼人はバツが悪そうな顔をして視線を前に戻す。そんな笑いの渦の中で、ただ1人隼人だけ呆れた顔をしてつぶやいた。
「何がテニスだ……。こっちは楽しい楽しい夢の途中だったのによ」
「ん、何か言ったか?」
今井が聞き返してくるが、隼人はただ一言、
「いや、何でもありません」
ポツリと答えると、窓の外を眺めた。
「――それでは授業を始める。教科書26ページを開いて」
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