プロローグ

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「大変だ!」  突如、人里で騒ぎが起きる。道には人だかりが出来、その輪の中に倒れていたのは、まだ幼い一人の少年だった。 「寺子屋のとこの信太が屋根から落ちたって!」 「急いで医者に!」 「医者なんてどこにいるんだよ!」  助けようとする者とただの野次馬が混ざり、喧騒は大きくなっていく。 「何があった!」  人込みを押しのけ、一人の女性が割って入る。  蒼の衣服に白銀の髪をたなびかせた女性。寺子屋の主である上白沢慧音は、倒れている少年が自分の生徒であることを確認すると、その表情を険しくさせる。 (馬鹿、授業をサボっていると思ったら……!)  少年の意識は無い。流血は見られないが、どこかを強打したのは間違いないだろう。顔面は蒼白し、息をしているかも怪しい。 「医者なら私が知っている! 運ぶからみんなどいて――」 「あい待った」  少年を抱き抱え、竹林に向かおうと意気込む慧音の前に、一人の少女が立っていた。 「ふむ……あまり良くありませんねえ、首の骨を折ったかも……」  賽子(サイコロ)の模様が描かれた焦げ茶袴に、白の半袖服。首にこれまた賽子首飾りをぶら下げた、黒い、少しぼさついたロングの髪が特徴的な、長身の少女だ。  あわてふためく人々とは違い、彼女は落ち着いた様子で、瞼を細める。 「だから言っているだろう! 一刻を争う。邪魔をしないで――」 「ここは一つ、勝負しようか少年……君が生きるか、死ぬか……」  パチンッと、少女は指を鳴らした。しかし、慧音はそんなものにかまっている暇はない。強引に押しのけようとした瞬間、  ピクッ 「!」  少年の体が、まるでその指に反応するかのようにぴくりと動いたのだ。そしてその顔はみるみるうちに生の色を浮かべ……眠りから覚めるように少年は瞳を開いたのだ。 「し、信太! 大丈夫か!?」 「あれ……僕、何してたんだっけ……先生?」  ぽかんとする少年の姿に、緊張が解けたのだろう。慧音は僅かに瞳を潤ませ、大きく息を吐いた。 「運がよかったねえ少年……今日は私の負けだねえ」  静かに笑み、賽子の少女は踵を返した。
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