第二十六章

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簪屋で再会した日の夜、屯所の近くで待ち合わせをしたのだ。 その時の光景と涙で崩れた顔が、悪夢のように蘇っていく。 どうしてあの時、何も言ってあげられなかったのだろう。 数年の命だから諦めろなんて…… 何も言えずに私は逃げ出したのだ。 結羽を巻き込んだ事の発端は、全て自分にあるというのに。 「恨まれても仕方ないよね……やっと見つけたのに、結羽の大切なもの……私が全部奪ったんだから」 「大丈夫だって、恨んでないよ。150年も前から……」 「もういい」 根拠のない慰めなんか、気休めにもならなかった。 それに結羽の身の上や境遇を、誰かに説明する気もなかった。 悠祐の返事に正解はない。 意見や仮定ではなく、私の求めていたものは真実だけだった。 どこにあるのかは知っている。 それは遥か遠く、手を伸ばしても二度と届かない場所にあった。 「慰めてくれてありがとう。こんな時間に呼び出したりしてごめんね」 安定した自分の声に、ほっとしたのも束の間…… ドアを開けようとした瞬間、悠祐はすかさず手首を掴み取った。 「部屋に戻って寝るつもりかよ。 そうやって逃げてさ、お前がやってんのは死人と一緒だね」 「150年前じゃない……結羽の泣き顔を見たのは2ヶ月前だよ!!」 私がいないといつもそうだった。 自己表現が苦手で泣き虫で、悪くもないのにすぐ謝ってしまう。 それでも二人の時には、よく遠慮のない言葉で突つかれたものだ。 本当の結羽を知っているのは、私だけだと言っても過言ではない。 それなのに屯所で過ごす姿に、なぜか心が和んだのを覚えている。 どこから間違っていて何が正しいのか、私にはわからなかった。 結羽に確かめる以外に方法はない。 手首を掴まれたまま、厚い雲に覆われた空に目を向けた。 今すぐ駆け付けたいという想いが、一気に膨れ上がっていく。 いつもの得体の知れない焦り―― 汗ばんだ背中を掻いた執心の痕。 無言で爪を切られた夜明けの匂い。 塩辛いカステラと癒された傷の音。 今でも大好きな浅葱色の冷たい目。 誰とも共有できない五感の記憶が、今夜もまた甦っていく。 その感覚に少しでも追い付こうと、悠祐は腕力で繋ぎ止めていた。 「月を探してるの?」 「癖なの。いつも結羽に話しかけてるから」 「そう……嘘吐きだね」
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