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「広瀬っ......」 お母さんっ...... お母さんっ......! 母を乗せたタクシーが、数十メートル先の突き当たりを折れ、呆気なくその姿を消す。 「広瀬......もうっ......」 お母さんっ......!! 私は、耳に入る声をそのままに、再び地面に両手を付き、グッと力を入れた。 「広瀬っ!」 私を引き留めるかのように、さらにきつく私を縛り付ける彼。 立ち上がりかけた私の身体が、再びよろりと地面に落ちた。 「広瀬っ......」 「お、お母......お母さんがっ......」 「うんっ......」 「......かけ、てっ......」 「......広瀬......」 「お......かけ、てっ......」 「......広......」 「追いかけてっ!お願いっ!!お母さんを追いかけてっ!!」 私は、彼に向き直り、 「行っちゃうっ!吉岡くんっ!お母さん行っちゃうっ!!」 何も見えなくなった道の先を、必死で指差した。 「広瀬っ......」 「早くっ!!お願い吉岡くんっ!!早く追いかけてっ!!」 必死で訴える私の目に、悔しげに唇を噛み締める彼の顔が映る。 大きく瞳を揺らした彼は、 「ごめん、無理だっ......」 正面から、私の身体を力強く抱き締めた。 「......え......?」 「......もう......追いつけないっ......」 「......えっ......?」 なん、で...... なんで...... ......やだっ!! 混乱したまま、彼の身体を両手でグイッと押し返す。 「広瀬っ」 吉岡くんは、離れようとする私の身体を無理矢理押さえ付け、自分の胸の中に閉じ込めた。 「嫌っ!離してっ!」 「ごめんっ、もう無理だよっ、広瀬っ」 なんでっ!? 「やだっ、離してよっ!お母さん行っちゃうっ!!」 「ごめんっ......」 「やっ......お母さっ......お母さんがっ......」 嫌っ...... 「ごめん、広瀬っ」 「やっ......!」 お母さんっ......! 「ごめんっ......」 「や、やだっ......!」 お母さんっ!! お母さんっ!! 「広瀬っ、ごめっ......」 「いやぁっ......!!」 彼の腕にがっしりと拘束されたまま泣き叫ぶ私に、 「ごめんっ......ごめん、広瀬っ......」 震える声で何度も何度も繰り返す、吉岡くんの声が聞こえた。 .
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