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オンナは自分が着ている赤褐色のジャケットのダボッとした裾を捲り、腕時計を覗き見る。
白くたおやかな細い腕に固定された、フリスビーと見紛うほど大きな文字盤には、0時11分22秒という時刻が刻まれている。
オンナは舌打ちをしながら、黄色い地面を蹴ってカラフルな人ゴミと生ぬるい空気を縫うように駆け出した。
肩をぶつけても謝りもしない。
ぶつかられた側も気にしないことに気づいたからだ。
この地区には、自我を持つ人間が少ない。
言われたことを言われた通りにこなすだけの、働きアリのようなモノ達が集まる場所だ。
誰かに命令されなければ、殺人が発生したとしても誰も気に留めないだろう。
実際、先ほどオンナが堂々と変態に絡まれていても誰も気にしておらず、いくら強く肩をぶつけながら走っていても、皆、虚ろな表情でオンナの脇を通り過ぎて行くだけだ。
(僕を呼ぶにはうってつけの場所ってワケか……。)
オンナは小さく苦笑し、再び表情を引き締める。
犯罪が発生しやすいこの地区では、警察だけでなく、お節介な大工も街を回っているということを思い出したからだ。
大工達は犯罪者を見つけると、その精神をトンカチで叩き直そうする。
大工に精神を叩き直されたモノは、もう二度と犯罪を犯すことはない。
そう、永遠に。
オンナは、大工に捕まった自分を想像してみた。
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