Ⅶ、選択肢のひとつ

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+叶芽+  深夜。リーリーと鳴く虫が泣き止む程、深い深い闇が落ちた時刻。  ――俺はふと目を覚ました。  隣では、最近は一緒に行動するのが常になってしまった乙月が、両手にペンを持ったまま寝ていて、その下に置かれた紙には、黒いインクの染みが出来ていた。  彼曰く、『万年筆か羽ペンでないと、文字を書き難い』のだとか何だとか……そんな変なこだわりを得々と語っていたが。  以前、頬にインクが付いていた様に、彼は時々こうして、文字を書きながら寝こけてしまうらしい。――正直、眠い時はペンを持ち変える事を提案したのだが、意外に頑固な乙月は、『現代かぶれになどなりたくありません』と、洋斗の格好に似合いの台詞を放ってくださった。  しかし、人のこだわりと言うのは、早々は変わらないものだと知って居る俺(湊先輩の科学含め)は、仕方ないな、と諦めて彼の頬が汚れて居る時は黙って拭く事にした。  最初は物凄く不甲斐なさそうな、何とも言えない表情をしていたけれど……最近では、少しだけ嬉しそうに、黙って拭かれてくれているのだから、本当に可愛いものだ。  そんな事を思いながら、乙月の手の下からソッと紙を抜き取り、ペンも近くに設置してある、足の短い机の中に片付けた。  ぐっすりと眠り込んだ乙月を、布団の中に寝かそうかどうしようか‥そんな事を考えていた時。閉じられた障子の向こう側で、ギシリと廊下を歩くような音がした。 (眞鍋先生……?)  不思議に思った俺は、障子を少しだけ開けると、外へと目線を向ける。すると……淡い月光が差し込むだけの薄暗い廊下に、誰かが立っているのを見つけた。  一瞬ビクッと体を強張らせる。……が、どうやらそれは見知った相手の様で、――怪奇現象ではなかったのか、とホッと胸を撫で下ろした。  窓ガラスを背にしながら立っていたのは、湊先輩だったからだ。  我ながら、臆病だとは思うのだけれど。  どうにも慣れないのだ。……いや、寧ろどうやって慣れれば良いのか。
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