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「琴音!」
細い路地を通りながら、もう見えない面影を追う。
痛む横っ腹を擦りながら苦し気に呼吸を繰り返す。
汗は拭っても発汗するので、斎藤は手拭いを道に捨てた。
「くそっ!」
追ってもなかなか縮まらない距離が、まるで心の距離を表しているようで歯痒い。
(いつもそうだ。
他の者より近付けたと思っても、本当はアイツの事を全然知らない……。)
壬生浪士組の中で一番琴音に近い存在は自分だ。
と、斎藤は過信していた。
だが、本当は誰も近づいてない。
琴音がそれを拒否し、自ら壁を創って逃げるからだ。
(琴音を支えてやりたい。
今にも壊れて崩れそうなアイツを、俺が支えたい!)
斎藤の体力は殆ど残っていないが、強い決意を力に変えてスピードを上げた。
『羨ましい。』
言葉は誰にも届かなかったが、琴音には聞き慣れた自分の声として残った。
(一が羨ましい。)
心の中で呟いても誰にも聞こえず、只自分の心を傷つけるだけだった。
“羨ましい”というのは、斎藤ただ一人だけに対してだろうか。
いや、きっと琴音は自分以外の人間・動物・植物全ての生き物が羨ましいのだ。
あの忌々しい経験をした、十三歳の時から――――――――――――――。
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