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苦しい……。
身体が切り裂かれるような痛みにもがき続けた。しかし今はもう指を動かす力さえなく、最後の抵抗として身体が勝手に痙攣を起こしているだけだった。
「後はわたしが……」
彼女が誰かと話している声が断片的に聞こえる。
「助けてくれ」
そう言ったはずの口からはヒューヒューと空気の漏れる音が出ただけ。
彼女は血まみれの俺に覆い被さり最後の口づけをした。彼女の口元から送り出される液体が口の中を充たしていき無意識にそれを飲み下す。
「ごめんね、こうするしか……」
彼女の言葉を最後まで聞くことなく意識は遠退き、数分後その全ての感覚から俺は解放されていた。
「先生!意識が戻りました」
大きな声で叫びながらバタバタと駆けだしたナースの後ろから、覗き込んできた顔が俺の目にうつった。
眩しいくらいに輝く彼女の笑顔。
またか。
前回は……、そうだ、敵対しあう組織のスパイ同士だった。
白衣を来た彼女が俺を見下ろしている。今回は医者か……。
これで何度目だろう。
目が覚めるとまたあの頃に戻っている。彼女と俺が出会った日に。
どんなに違う状況になっても必ず俺と彼女は恋に落ち身を焦がす。そして最後は必ず彼女の手によって俺の人生の幕が下ろされる。
痛みや苦しみを消してくれる彼女。そしてそれとは比較出来ないくらいの痛みや苦しみを与えてくれるのもまた、彼女だ。
同じ事が繰り返されるこの世界へいつのまにか足を踏み入れてしまったのはいつだっただろう。
どんなにもがいても避ける事は出来な過酷な運命。
今日俺は、そんな自分の成り果てを知りながら生きていくしかない最初の日を迎えたのだった。
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