【起】

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車載のラジオを弄ると、今まで静寂が支配していた車内に物静かな音楽が流れ始める。 四季はそれを確認すると、片手で操っていたハンドルに再び左手を添えた。 昼間とは言え、平日で人気の無い道を進んでいた事もあり、ラジオの自己主張がいつもよりやけに印象深い。 そんな無機質な音声に耳を傾けつつ真っ直ぐに正面を見据えると、四季の脳裏には数日前の出来事がふと甦る。 “面白そうな旅館がある” 全ては同僚が放ったその一言が発端であった。 仕事の合間を見付け、一人旅が趣味の四季にその女性がそう告げたのだ。 話によるとその旅館には不可思議な噂があり、彼女がその旅館を知ったのもその噂によるものらしい。 座敷童子の現れる旅館……。 彼女はその噂についてそう語っていた。 四季は決して博識な方ではないし、持ち合わせている知識など、世間一般の常識と比べれば些か乏しいぐらいであろう。 だがそれでも、座敷童子という名を知らない筈はなかった。 古来より日本に伝わる、見た者に幸せを授ける妖怪。 別に妖怪などと言ったオカルトを信じている訳ではないが、彼女は一日の有給休暇と、週末を使って同僚に紹介されたその旅館へと向かう事にしたのだ。
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