影に立つもの

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「――夏だ」  うだるような熱気に照りつける太陽。水場でもないのに湿気た空気。草木も青さを深める7月にさしかかった今は、まごうごとなき夏だ。 「――プールだ」  メモリアル魔法学園の教室や町の街道さえも、まるでサウナのようになってきている。  だが、老朽化の一途をたどるだけのメモリアル魔法学園の校舎には、都市部の学校のような空調魔法具が備えられているわけもない。  がしかし、僕らにはまだ救いの手が残っていたらしい。  例年よりも高い気温によりプール開きが早まり、いままさにスクール水着に着替えた僕らは古びて色褪せたプールサイドに体育座りをして体育の教師が来るのを待っていた。 「スク水だあああああああっ!!!」 「うるさい!」  スクール水着姿の女子を色眼鏡で見ることはないだろう年齢の男子たちの中、ただひとりが違った。  言わずもがな、タルトである。  先ほどからスクール水着姿の女子たちを舐め回すように見て、喜びのあまり叫んだ。それが耳障りに感じたのだろう、ベアリスは怒鳴る。  クラスメートは皆、規則正しく教室の座席通りに並んで体育座りしているのに、夏の気温のように赤い瞳を輝かせるタルトは歩き回っている。 「エンジェル、エンジェルゥウウ」  そして最終的に最前列の右端にいる僕はタルトの恰好(かっこう)の獲物となり、タルトの足が止まる。  ベアリスの一喝で叫び声はあげないものの、両膝に手をついた前傾体勢のタルトからの視線が痛い。
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