彼、甘くない

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「えっと、クラリネットパートの木ノ内君。それで、こちらは私の友達の美月ちゃん」 誰も聞いていないのに、間に立つ先輩は、一人慌ててお互いを紹介し始める。 「木ノ内君が必要な物、選んでたんだ」 「何だ、そうだったの。あたしはてっきり彼氏なのかと。つまんない」 「違うよ」 "美月ちゃん"と呼ばれる人物は友達らしいが、その大きめの声も、服装の趣味も、雰囲気さえも真逆の人物。 「帽子屋さん、どうだった?何か良いの見つかった?」 「駄目駄目。もういっそ、手作りケーキでも焼いてみよっかな。お菓子作りなんて柄じゃないけどさぁ」 「いいじゃん、晋一郎も喜ぶと思うよ」 ――晋一郎、藤堂が喜ぶ……あいつ、確か近頃誕生日とか何とか。 「でも、面白みなくない?バレンタインでもないのに」 自分を差し置いて話をする二人の会話に、俺は頭を回転させて一つの考えに至った。 「初めて一緒に迎える誕生日だよ、気合入るって」 あぁ、ほら、やっぱりそうだ。 意気込んだ様子で先輩に話をする彼女に視線を送り、俺は自分には縁のない話だと確信した。 ――"恋人"って存在か。藤堂って、こういう人がタイプなんだ、ふーん……。 「じゃあ、向かいの本屋さんでレシピ本見てきてみる?」 「お、いいねー、行こ行こ」 テンション高めに友達が親指を立てると、先輩は見ない笑顔で嬉しそうに頷く。
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