彼、甘くない

37/49
4642人が本棚に入れています
本棚に追加
/523ページ
「でも……木ノ内君、偉いね」 言われた物を買いに来ただけなのに、それは甘すぎやしないか。 「楽器に対して、やる気持ってくれてるんだなって思った」 「当たり前だと思いますけど」 「……ううん」 先輩はその場にしゃがむと、黄緑色の円形のグリスを差し出す。 受け取りながら、自分も隣に中腰になると、彼女は微かに微笑んだように見えた。 ――あれ。 確実にいつもより自然体なやり取りに、本来の彼女の姿を見たような気になる。 その安心感を与える雰囲気に、意外性を感じていると…… 「朝陽ー、どこにいるのー!」 クラシックの流れる店内に、一際大きな声が響き渡り、俺達を現実へ引き戻した。 「うわぁっ、すっかり忘れてた!」 慌てて立ち上がる先輩は、辺りをキョロキョロ見渡す。 「美月ちゃんごめんっ、ここ、ここにいる!」 「もーこんな所で何やってるの、探してたんだからね」 先輩の名前を呼んだ人は、しゃがんだままの俺を見下ろすと、いきなりこんな一言。 「朝陽の彼氏?」 「いや、違いますから」
/523ページ

最初のコメントを投稿しよう!