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簡単に説明するならば、アルスとリリィが来ているのはこの国セリサンセウム王国の首都で、この国最大の城塞都市でもあります。
この国の歴史もまた簡単に言うなれば約40数年前、グロリオーサ・サンフラワーという今の国王ダガー・サンフラワーの父に当たる人物が、国民が疲弊し傾く政治を行う自分の父親でもある前王を、"決起軍"というレジスタンスでもって討ち果たしました。
それまでの絶対君主制(君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体)を廃止し、制限君主制(君主制の一形態であり、憲法や法律によって君主の権力が法的に制限されている政体)に法改正したりと、民意を活かした政を決起軍の活動を共に起こした仲間と共に取り組みました。
そこから傾ききった国を建て直すべく、活躍したグロリオーサには3人の仲間がいて、それは今では"平定の4英雄"として語り継がれている現状となります。
セリサンセウムの民からは"王都"と呼ばれるこの"首都"は、巨大な横長の楕円形をした城壁にグルリと囲まれた中に、様々な建物が建設されていました。
楕円形城壁の中心に、城壁の外からでも挑めることが出来る時計台と、催事事が執り行われる広場がありました。
その楕円形を横に線を引くようにして、上下に分断するように高く鉄柵が設置されていて、そして楕円形を分断の直ぐ上の部分に、時計台の広場に繋がるように国王が謁見や政を執り行う城があります。
城の更に上の部分に王族が住む宮殿があり、城と宮殿を左右から護衛するように軍施設が配置されてもいました。
鉄柵から下の方に一般人の居住区がありますが、住民は軍人の家族や、城に勤める者、年に一度行われる品評会で優秀と認められた技術者や勤勉な就労者が主だって構成されています。
ただ城下には朝から夕刻まで自由に入る事も可能だし、城外から城下の職場に勤める者も多くいました。
城門を入って時計台を中心として、東側が生鮮市場や飲食の市場が並び、東側の城壁の一番奥が、リリィが巫女として所属する宗教(国教)の教団の本部となる教会が、鉄柵を跨ぐ形で建てられています。
そしてその周辺付近は、位の高い貴族達や富裕層が住む高級住宅街ともなっています。
反対の城門から西側には、主に工業系の店や市場が立ち並んでいました。
こちらの西に奥まった所には、殿方が主に利用する酒場などのちょっとした歓楽街が存在します。
自然と東側に女性、西側に男性、中央は待ち合わせ場所や家族で楽しめる飲食や、衣服を扱う店が多いといった成り立ちになっていきました。
アルスとリリィが訪れていた、工具屋は西側の中ほどに存在しています。
店から出てやや段差の高い位置から見下ろす、その風景は人が込み合う時間帯にもなると、やはり10人すれ違えば9人が男性、1人が女性という比率具合となりました。
こうも沢山の"殿方"を見るのが初めてというリリィには、やはり驚きの光景で、緑色の瞳を何度も瞬きをしていまいた。
「やっぱり私みたいな子どもには危険な場所なの?、アルスくん」
工具やの店主の頭事情に続いて、驚きのあまり、少女は突拍子のない事を尋ねてしまいます。
「いやいやいや、一応国王陛下のお膝元の城下だから。危険とか、そんな事はないと思うよ」
アルスは苦笑いを浮かべて、リリィに優しく告げますが少女は小さい手で、アルスの軍服の服の端をギュッと握り、見上げながら不安そうに口を開きました。
「だってこの前は、東側なのに変な人に絡まれたよ!。だから西側の男の人が多い場所では、もっといるんじゃないかって……思って……」
最初の内は威勢が良かったのですが、最後の方は可愛らしい声と共に唇はすぼんでいきました。
1ヶ月程前、悪漢に絡まれた事がどうやら思いの他、幼い同僚に深い禍根を残してしまっているようだと、アルスは今更ながらに漸く気が付きます。
確かに西側で昼時近い事もあって、街路は飲食の為に東側に向う人波は、逞しい男ばかりとなり、リリィは更に力強くアルスの軍服を掴んでいました。
アルスは少しだけ考え、決意した様に小さく頷きしゃがみこんで、幼い同僚に視線の高さを合わせてゆっくりと語りかけます。
「それじゃあリリィ、リリィが大丈夫って思えるまで、自分とで良かったらだけれど手を繋ごうか」
優しく微笑んで、手を差し出したなら、リリィは差し出されたアルスの手を見つめてから、少しだけ震える声で尋ねます。
「手を、繋いでもいいの?」
強気でも、可愛らしさも十分感じられる緑色の瞳が僅かに潤んでいるのに、目線を合わせることで判ります。
本当は思い出すだけでも、こんなにも不安になっていた事に、気が付かなかったのにアルスは年上として申し訳なくなっていました。
だから極力明るい声を出して、怯える少女の気持ちを持ち上げるように、語りかけます。
「手を繋いだってちっとも構わないよ。賢者殿が、言っていたじゃない。
自分とリリィは、"仲の良い兄妹"みたいだって。
もしも自分に、リリィみたいな11才のちょっと勝ち気な妹がいたとして。
怖いことがあって不安そうなら、17才の兄としては、11才の妹と手を繋いで歩いたってちっとも構わないと思うんだけど」
そう言ってアルスはリリィに笑ってみせました。
「リリィも、もし、5才くらいのちっちゃい子どもが不安そうだったら、同じように手を繋いであげようって、考えるんじゃないかな?」
「私より、ちいさな、子ども」
リリィは、アルスに言われた通りに考えてみます。
自分より小さな子どもが不安そうにしているのに、"大丈夫?"と手を差し出す事は、少女にも確かに自然に感じられました。
「アルスくん、東側の入り口まで手を繋いで貰っても良い?」
リリィは白くて柔らかい手で、差し出されていた予想していたものより逞しい、アルスの手を強く握りながら尋ねます。
「了解!」
アルスはにっこりと笑って、小さな同僚の手を痛くない程度に力強く握り返し、2人の顔の間に掲げ、握りしめあった手を間にして、リリィも思わず笑みを溢しました。
「じゃあ、行こう」
アルスが立ち上がって、今一度小さな手を握り直し、そして、流れるような人混みの中をいざ歩き出してみると、手を繋いでいて正解だったとアルスもリリィも実感する事になります。
飯時分前なせいか人波の足は速いし、何度も人とぶつかりそうになってしまっていました。
「西側って、こんなに男の人がいるなんて思わなかった。皆さん、東側に向かうんですよね?」
リリィが3度、人とぶつかりそうになるのをアルスに庇われながら尋ねます。
「お弁当持参の人もいるだろうけど、春になって少し暖かくなってきたからね。一応食中毒とか気をつけて、弁当じゃなくて現地で昼食の人が増えているのかも―――っと!」
リリィを4度目の衝突から庇いながら、アルスは答えた後に、鼻に食欲をそそる匂いが掠めます。
それはリリィも同じようで、繋いでいない方の手でアルスの服をグイと引っ張っりました。
「食べ物の良い匂いがするね!アルスくん、もうすぐ?」
少し興奮気味に少女がそんな声を上げると、アルスは背伸びをして先を確認したなら、食材を調理する湯気や、燻す煙が人盛りの向こう側で、昇っていました。
「うん、もうすぐ時計台の中央広場だよ、リリィ」
そう言った時に、アルスとリリィは互いに自然と、強く手を握りなおします。
前の道が開けたと思ったと同時に、中央の時計台の鐘が盛大な音を奏で始めました。
音が鳴り始めたと同時に、時計台で羽を休めていた鳥達が、その音色に驚き羽ばたきます。
"ガラーン、ガラーン、ガラーン"と十数度鐘が鳴り響くと同時に売り子の"合戦"も始まりました。
「さあ~、昼時だよ~!。王国自慢の味はいかがかね~!!」
「出来立てライスボールはどうですか!。作りたては格別ですよ!」
「飯のお供に汁物はどうだい!。魚のダシに、野菜が柔らかく煮込まれて最高だよ!」
売り子達の声は、どこかしこから上がり食料市場は一気に活気づきました。
広場に出たことで人混みも解消され、アルスとリリィは互いに見つめ合ってまた笑います。
「リリィ、もう大丈夫だね」
「うん、ありがとう。アルスくん」
そう言って2人は、自然に手を離す事が出来て、それからアルスとリリィは、並んで中央の広場を進んで行きました。
ただ如何せん昼時だし、皆、見かける人々の美味しそうに昼食に舌鼓をうっている様子に、互いに育ち盛りのアルスとリリィは、買い物より先に、食事にしようという事で意見は一致します。
「前にお腹が空いたまま食べ物屋さんに行って、余計な物まで買ってしまったんです。賢者さまは、"いいよ~"って言ってくださいましたけれど、やっぱりダメですよね」
リリィは前にした失敗を、少しだけ恥ずかしそうに照れた顔で告白します。
しかしながら、どうやら新人兵士も経験者らしく、巫女の女の子の告白に苦笑いしながら同調しました。
「確かにそうだね、お腹が空いてるとつい余計なものまで買っちゃうよね。で、結局余らせて、勿体無いことしてしまったり。
じゃあ、そんな失敗しない為に先にご飯にしてから、食料を買いに行こう」
アルスとリリィ、互いに、この飲食街となる広場には土地勘があるので、打ち合わせの後に別行動をとります。
先ずは昼食で使う食器を屋台から金を払って借りて、アルスが大きなトレイに大皿と取り皿、コップとフォークやスプーンに布巾を2人分載せて抱えました。
「アルスくん、こっち!」
リリィは昼には"席取り合戦"と例えても過言でもない、汁物屋の客席を1つ確保していました。
「剣の安置場所はないけど、汁物2人前から食卓1つ貸し出しだって。それで、銀貨2枚だけど、いいかな?」
アルスにしたら、軍学校の休み等は立ち食い屋台で済ませていので、1食分が銀貨1枚にもならず安上がりだったので、少々高い気もします。
でも、今日は"護衛対象"を連れているわけであるし、屋内で座って食べられるのであれば、それは確かに楽で、何より安全ではありました。
「うん、じゃあ、それでお願いするよ」
アルスの返事を聞いてから、リリィは元気よく頷き、準備の為に店に残る事になりました。
「私は支度しておくね。アルスくん、スープは希望とかある?」
食卓の貸し出しを証明するテーブルクロスを店主から受け取った、リリィが尋ねます。
「出来れば、温かいのだったらいいかな。自分は食べ物を適当に買ってくるね。リリィはライスとパンだったらどっちがいい?」
「朝パンだったから、昼はライスにする。出来ればさっきのライスボールって売っていたのを食べてみたいです」
リリィの言うとおり、売り子の娘が掲げていた、出来立てのライスボールは確かに美味しそうだったのをアルスも思い出しました。
「自分も美味しそうだったから、ライスにしようかな。おかずは、適当に合いそうなのを買ってくるね」
「虫とセロリ以外なら、私なんでもいいです!」
リリィの冗談なのか、本気なのか分からない答えに、アルスは声をだして笑って頷きました。
同僚の少女の可愛い照れ笑いを拝んでから、大皿を抱えて食べ物の屋台の方へアルスは進んで行きます。
人混みを上手い具合にすり抜けて、大皿を持って一番最初に、先ほどのライスボールを売っていた店にたどり着きました。
ライスはここ数十年で、王都に入ってきた穀物で、人気が最近漸く根付いてきたという所になります。
「すみません、大きいライスボール2つに小さいのを2つください」
「はい、毎度!合計で、銅貨8枚になります。オマケに"ツケモノ"もつけときますね!」
元気の良い売り子のお姉さんに、アルスは銀貨を1枚出しながら、初めてきく名前をおうむ返しに繰り返しました。
「ツケモノ?」
アルスが御釣りの銅貨2枚を受け取りながら、理解していないと分かると売り子の女性は、2本の小さな短い串に、根菜の切られた物が刺さっている物を差し出してくれます。
「どうぞ、食べて見てください。根菜を漬けた食べ物です」
売り子が差し出した、短い串先に白い物と、黄色い物がありました。
「白いのが"ベッタラ"で、黄色いのが"タクアン"って名前です。程よい酸味と塩気がライスによく合うんですよ」
「ありがとうございます、いただきます」
アルスが礼を言って串を受け取り食べてみると、白い方が仄かに甘酸っぱく、黄色い方は良い塩加減で確かにどちらともライスと相性が良さそうな食べ物でした。
(賢者殿、何かこういったの好きそうだな)
「"ツケモノ"は、この店で売っていますか?」
ウサギの賢者にも土産にして、進めてみたくなったのでアルスは売り子に尋ねると、元気の良い売り子は申し訳なさそうに頭を下げられました。
「いえ、城外にある―――あの、"マクガフィン農場"が試作品に作って、ライスを扱ってる店にまずは無料で配っているんですよ。でも、予想以上に人気があるみたいで。
店長も、是非とも店で扱いたいみたいなんですけどね」
「そうですか。美味しいから、お土産に買いたかったんですけど」
アルスが如何にも残念そうに言うと、背後に気配を感じた同時に影が射しました。
「ほう、そいつはぁ嬉しい事を言ってくれるのぅ」
振り返る前に、後ろから低く逞しい声がしたと思うと同時に、アルスの姿は全体的に、大きな人の影に包まれます。
「うちの農場で作ったもんが、新人兵士殿に気に入って貰ったなんて、嬉しいわい」
振り返ると、アルスの頭1つ分ぐらい背の高い、日に焼けた褐色の逞しい身体に、毛皮の上着を着た、そして左手首に金の腕輪をつけた大男が立っていました。
腰の後ろには、かなり大きな剣を帯びています。
振り返ったアルスを、大地を感じさせる濃い茶色の瞳で興味深く見詰めて、大男は大きくニヤリ頑丈な歯を見せて笑いました。
「毎度あり、良かったらツケモノ以外の農作物の販売宅配も、我がマクガフィン農場が受け持とう!」
大声で、ライスボールを求める客に声高らかに"宣伝"をしたのでした。
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