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毎度あり!
ウサギの賢者の2人の部下が最初に向かったのは、アルスが軍に入隊する前に住み込みで世話になったという工具店でした。
「それじゃ"大将"、後は部品が整って集まったら、詰め所の荷物預かりの方に届けておいて下さい。お願いします」
アルスが台車の部品の注文書を、"大将"が愛称である店主に慣れた様子で託しました。
逞しい身体で、これぞ筋骨隆々という言葉を具現化したような、口髭を生やした店主は豪快に笑いながら請けおってくれます。
ただ禿あがった頭はそれは見事にキラリと輝いて、自分の世話していた少年の新しい同僚、どうやらフワフワとした存在と縁が濃いという巫女のリリィの視線を釘付けにすることに大成功していました。
「おう、アルス、任せときな!。今日は良い値の材料を沢山仕入れてくれた礼に、釘もいいのをサービスしとこう!。お嬢ちゃん、アルスなら、俺仕込みのいい仕事するだろうから、良い台車を期待しときなよ!」
「はっ、はい、とっても期待します!」
大きな身体に相応しい大音量の声量に、リリィが実に判り易く驚きつつ、それに釣られるように返事をするのを見たなら、店主はまた豪快に笑い注文書を片手に、店内へ他の仕事に戻っていってしまいました。
「はああ~、本当にびっくりしました、これまで賢者さまのイタズラで驚いた時もあったけれど、こういったのは、その初めてです」
リリィが平らな胸に、小さな両手を抑える様にあてて、驚いた気持ちを実に素直に表現しているのにアルスは、思わず声を出して笑います。
「リリィは大将みたいな人、本当に初めてなんだね」
「はい、身体の大きな人なら、この後行くパン屋のバロータお爺ちゃんの所に、1人いらっしゃるのは知ってます。
声もとても大きい方なんですけれど……」
そこからウサギの賢者の部下となる少女は、先程の初体験を思いだし、先程の驚きの衝動を抑えて何とか話を続けます。
「……このお店は広いし、お客さんも多いからね。仕事の為に声も自然と大きくなっちゃうんだよ」
そう言ってアルスは懐かしそうに、店内を眺めたならリリィも納得出来ます。
2人が最初に来ていたのは、アルスが軍に入る前に世話になっていた工具問屋でした。
商店は品揃え幅広く、城下一を謳っているので、アルスが探している台車の材料は時間をかけずに揃えられます。
「私は、食料市場の方しかいかないから、城下にこういう店の場所があるなんて知らなかったです」
少女は興味深そうに、工具店内を見回していると、店の入り口から元気な声が耳に届きます。
「おまえさん、今帰ったよ!」
赤茶けたカールのかかった髪を、少し低い位置にポニーテールにした壮年の女性が、麻袋いっぱいに詰めた食料抱えて、店に"帰って"きたようでした。
女性は、大股で店に入り、まず入り口付近にいた2人の内、彼女にとってはとても珍しい存在が視界に入って、眼を丸くして驚きます。
「ありゃ、珍しい!。この店に、教会の巫女さんかい?。しかも、こんな別嬪で御人形さんみたいな女の子、私は初めて見たよ!」
多少興奮した様子で一気に捲し立て、リリィはその粋の良い勢いに押され、固まってしまいます。
そして女性はリリィに対して"可愛らしい"と連発しながら、その傍らに立っている護衛の兵士がアルスだと気が付くと、更に驚きと、喜びの声を発しました。
「あれぇ!、アルスじゃないか。アンタ、配属先は城下の近くになったのかい!?」
大層嬉しそうに、アルスの肩をバンバンと激しく叩いている肩の方に、腕章があるのを発見して、巫女の少女も、同じ腕章をつけているのを見てまた女性は驚きます。
「ああっ!アルス、あんた賢者さまの護衛隊員になったんだね!良かったじゃないか」
と、最終的に壮年の女性は笑顔でアルスの肩をガシリと掴んだのでした。
「あ、アザミさんも、お元気そうで何よりです」
アルスは、盛大にアザミと言う名前らしい女性に揺さぶられつつも、そんな状況に慣れているらしく、普通に応対します。
返事をしたアルスに、ウンウンとまた嬉しそうにアザミと呼ばれた女性は力強く頷きました。
「それで、今日はどうしてこっちに来たんだい?。仕事かい?。それとも、この別嬪で御人形さんみたいな、可愛らしい巫女のお嬢ちゃんの護衛かい?」
アザミは矢継ぎ早と言った感じで次々とアルスとリリィを交互に見つめながら、質問を投げ掛けます。
やたらと可愛いと誉められて、気が強いと自負している少女も照れの為に真っ赤になりながらも、アザミからの質問に、素直に答えました。
また、照れるのをアザミが可愛いと誉めるので、リリィは更に赤くなって、湯気まで出してしまいそうな状態になってしまっていました。
「なるほど。アルスは、リリィちゃんの護衛で荷物持ちなわけなんだね」
やがてアザミからの怒濤の質問攻撃から、アルスとリリィが応戦終了の頃には、2人とも心情的に疲れていました。
但し、それは心地よい疲れでもあって、最後はタイミングを合わせたわけでもないのに、2人は顔を見合わせて笑ってしまいます。
そんな2人の子供達を優しい眼差しでアザミは微笑んで、それから気持ちを切り替えるように大きく口を開きました。
「へぇ~、それにしても郊外に、賢者様がいらっしゃったんだねぇ。賢者がこの世界に数人いるのは耳にした事はあったけれども、あたしゃ、こんなに近くにいたなんて、ちっとも知らなかったよ!」
店主の妻として闊達に笑い、そんな感想を口にしながらアルスとリリィを改めて眺めます。
アザミにはとりあえず護衛対象の賢者については、"高名な賢者"と"賢者がウサギ"という事だけを伏せて、昨日からの一通りの事をアルスは伝えました。
すると話の内容的には"郊外の森の屋敷の中で、ひっそりと巫女の少女と静かに暮らしている"という印象が強いものとなりました。
「まあ誰にも知られず、ひっそりと静かに集中して研究したい気持ちは、判らないでもないかねぇ」
その印象に基づき、アザミがまだ食料の荷物を肩にかけたまま、腕を組み、そんな感想を口にしたなら、リリィが不意に顔を紅潮させて尋ねます。
「アザミさん、どんな風にわかるんですか?」
突然の別嬪さんの質問に、アザミは目を丸くしてアルスを見つめ視線で、"どういうことだい?"とアザミはかつて世話をやいた少年に問いかけていました。
「えっと、リリィは今お世話になっている賢者殿を凄く尊敬していて、というか、好きなのかな?」
アルスが確認するように小さな同僚に尋ねると、紅い顔で躊躇いなく、全力で頷いたので、それを確認したなら"了解した"とばかりに説明を続けます。
「だから、尊敬する大好きな賢者殿の気持ちとか、知りたいみたいです」
アルスが説明を終了すると、アザミは小さく"そういう事かい"と笑ってリリィを見つめます。
それから今まで見せていた元気に溢れた笑顔ではなく、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、工具屋の女将は偉く感じ入った様子で、少女の頭を優しく撫でました。
「リリィちゃんは、本当に賢者様が大好きなんだねえ。賢者様も、幸せもんだよ。こんな別嬪で可愛い子に大切に思われて」
気のせいか、アザミの声に切ない響きを含まれているのをアルスは感じ取れました。
元々、非常に情に厚い人なので、リリィの健気な様子に心を打たれたというのなら、それまでなのですが、気のせいでなければ個人的な何かしらの感情が含まれている様な気がします。
ただ、今いきなりそういった事を尋ねるのも場違いだと思って、幼い同僚と女将さんのやり取りを見つめました。
「リリィちゃんは、そんなに賢者様の役にたちたいのかい?」
やや興奮しているリリィだけには察する事の出来ない、慈愛を含んだアザミの眼差しを受けながら、そんなやり取りは行われます。
「はい、お役に立ちたいです!」
元気の良い返事をした後に、アザミに頭を優しく撫でられているのに漸く気がついて、リリィはモジモジと照れたのをみて、女将さんは更に微笑みます。
「だったら、"今のままでいい"んじゃないかい」
にっこりと微笑みを浮かべて、アザミはリリィにそう告げました。
「え?」
少女は考えもしなかったアザミの答えに、思わず動きが止まってしまいましたが、アザミは穏やかに、リリィに語り続けます。
「"賢者"ってのは、賢い人のことだろう。そんな賢い人なら、リリィちゃんの事はよく知っているだろうし、して欲しい事があったのなら、その都度はっきり言うんじゃないかい。
今、何も言われていないなら、"今のままのリリィちゃんでいて欲しい"。
そのままのリリィちゃんで、十分賢者様を幸せにしているんじゃないかねえ。
あたしは、そう思うけれどね」
そう語るアザミの目は、城下街一の工具屋店主の妻以上の少なくとも、これまで"おばさま"として接してきた御婦人以上の何かを感じさせてくれました。
けれど、その違いを、何と表現したらいいのか幼い巫女には術がありません。
ただ、その優しくこちらの気持ちを否定しない上で、説得するような話し方に自分の一番身近にいる、"恩人"と全く同じ様にリリィには感じられます。
「まっ、賢者なんてお方は、そんな感じだとアタシは考えるからさ。
知って欲しい時は、きっとその賢者様も、不貞不貞しかろうと、面倒くさがろうと、きっとリリィちゃんだけには、確り言うだろうさね。だって、こんなに別嬪で良い子だもの」
そこで、アザミは目を一度閉じて開いた瞬間には、一般的な城下町の明るい御婦人といった様子になっています。
「一番求められている時に、応えられるのが一番でしょ」
そしてちょっとだけ悪戯っぽくニヤリと笑い、子供達に向かってそう語るアザミの眼はやはり優しいものでした。
しかし、次の瞬間にアザミは、実に判り易く"ハッ"とした顔になります。
そしてまだ抱えていたままの食料てんこ盛りの、自分の抱えているカバンを見つめて、目に見えて慌て始めました。
「いけない!魚を買ってたんだよ!冷やさないと!。じゃ、アルス、また休みの日なんか遊びにおいで!。リリィちゃんもだよ!。
今度きた時は、アザミさん特製のパンプキンサラダをごちそうしちゃうよ!。じゃあね!」
正しく"言いたいことだけ言う"を体現したアザミは、別れの挨拶をする間もなく走って店の奥へと行ってしまいました。
「……とっても元気な方ですね。それで、凄く優しい人ですよね、アルスくん」
リリィが呆気にとられながらも、アザミに優しく撫でられた頭の後を自分で触れたなら、顔は自然と笑みを浮かべていました。
自分の恩人を褒められて、アルスも笑顔を作り、幼い同僚の華奢な肩をポンポンと叩いて、店の出口の扉に手をかけます。
「自分も最初驚いたけれど、リリィも言ってくれたみたいに本当にいい"人"で。アザミさんの前じゃ、多分皆、自分の子どもみたいな扱いされちゃうんだ」
"アルセン、何だい、このヒョロヒョロした子は!アタシのご飯で太らせればいいのかい!?"
理由あって、浮浪児のようになっていたアルスを保護したアルセンに、この場所につれてこられてアザミに言われた最初の言葉がアルスの頭に甦ります。
「今度お礼も兼ねて、土産を何か持ってこよう。リリィも良かったらお礼を一緒に選んでくれるかな?」
そう言ってアルスが扉を開き、店から先に出て、リリィが出やすいように開いたなら、少女はお兄さんの同僚の優しい言葉に、頷き、顔に更に笑顔を浮かべて外に出ます。
そうやって出た城下の街路は、昼に近い事もあって、正しく人でごった返していました。
「やっぱり昼前は凄いなぁ」
店の扉を丁寧に閉め、驚きの声を出すアルスの後ろからリリィがひょっこりと、昼前の人の多さを眺め、ついでに少女にとっては見た事がない種類の人混みに驚かされる事になります。
「王都には、こんなに男の人、いるんですねえ」
そして少女は鈴のなる様な声で、そんな感想を漏らす事に繋がりました。
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