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さてさて、また今日という日が過ぎてゆきます。
みなさんはどんな一日だったでしょうか?
うんちはちゃんとにしましたか?
うんちは学名で表すとこう呼ぶそうです。
C.deptyweltって。
なんかカッコ良い想像しちゃうよね。
頭文字の「C」。
これは、うんち研究家のCohen Doubt(コーエン・ダウト)に敬意を表して付けたらしい。
しかし、どんな研究していたのだろうか。
気になるので東京にある国立図書館まで行って調べてきました。
Cohenは1855年ユタ州で代々農業を営む家に生まれた。
この当時のアメリカはゴールドラッシュの真っ只中で、成功した者とそうでない者の貧困の差は極めて激しく、農家であったCohenの家はその日、一日一日を暮らすことも困難で、苦しい生活を送っていたらしい。
しかし、そんな中で育ってきたCohenは、後に記した自伝『一期一会』でこう残している。
「私は研究家人生の成功を得た人間だ。 地位と名誉と金。成功の元にこれらを手に入れ、何ら不自由のない生活を送ることができている。 しかし今が幸せとは思わない。 もし私が死という淵に立たされ、ベッドの中で思い出される一番幸せな思い出は、貧しかった少年の頃の自分の姿だろう。」
と。
実際、うんち研究家として成功するきっかけを作ったのもこの時期だ。
家がかなりの田舎であり、周りには同年代の友人がいなかったこと、家族も寝る間も惜しんで働かねば生活できなかった状況で、Cohen少年の相手をしてくれる人などいなかった。
唯一の遊び相手といえば、家畜として飼われていた牛や鶏。
寝起きを牛舎や鶏舎で共にするほどだったという。
が、幸せな時期はあまりにも早く、そして残酷に終わることになる。
野犬の襲撃。
牛舎で寝ていたCohen少年は危険に気付き、転がるように走って、3面の畑を挟んだ家まで走って、家族に助けを呼びに行った。
自分も野犬に噛まれ、ボロボロの姿で必死に家まで…
しかし遅かった。
Cohenと父が牛舎に着いた時、見たものはあまりにも無残な光景だった。
ただ泣きじゃくるCohenに対して父は抱きしめてやることしかできなかった。
数日後。
牛舎と家の間にある畑に花が咲いた。
周りのどの花よりも美しく、強く上に向かう花が。
それは牛舎と家を一筋の線で結ぶかのごとく咲き並んでいたという。
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