戌 呼ばれる

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 隣にいないおたえを探す鹿吉が「あんた、何処ほっつき歩いてんだい!? 少しはこの騒ぎを収めておくれよ!」と言われおろおろするのは、もう少ししてからのことである。  狛村志郎は、ここ克江町の同心である。丸い目に少し黒みがかった鼻がなんとも犬のように見えてしまう、もうじき三十を迎える中肉中背の男だ。世間に馬面などと呼ばれる者は多々居るが、犬面いや、犬顔などと呼ばれる者は少ないと、本人はいたって真面目に考えている。  そんな志郎のもとに、先ほど東長屋の差配人である左兵衛が駆け込んできた。 「おい、左兵衛さんよ。こんな時間にいったい何の用だ」  志郎は基本的に早起きである。朝早くから散歩に出かけるためなのだが、その志郎にもこの時間帯は異様に早いものであった。 「な、長屋で、こ、殺しが、お、起きました」  ずいぶんと急いだらしく、息も切れ切れになりながら、ようやく左兵衛は言葉を口に出来てほっとしている。
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