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早朝にも関わらず早足で歩く音がする。東長屋に住むおたえはおもむろに頭を持ち上げた。
――まったく、こんな朝っぱらから何なんだろうね……。
隣で高いびきをかいて眠りこけている鹿吉にこんな事を言えば、また「お前は気にしすぎなんだ」と馬鹿にされてしまうだろう。
季節は初夏、まだ日が出ていないこの時間は、長屋どころか天井裏の鼠共も寝ている時間である。
「あんた、ちょっと見てくるね」
起きるか起きないか分からない音量で囁くと「むぅ」とも「うぅ」とも取れる声をあげて鹿吉は唸った。
――もう、ちょっとは気にしなさいよ!
喉元まででかかった一言を飲み込み、おたえは一室から出て行った。
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