241人が本棚に入れています
本棚に追加
/179ページ
「――ちょっと待ってな、今準備するからよ」
おい貞治、と使用人の名前を呼びながら志郎は屋敷の奥に入っていった。
貞治(ていじ)というのは志郎の家で長い間働いている男である。この男、気が利くのは良いのだがそれも度が過ぎると迷惑だということが分かっていない。
「はい旦那」
「おめえ、ここまでは頼んじゃいねえよ……」
現に今、風呂敷の上に並べられた物を見て志郎はげんなりとしていた。同心の羽織は勿論のこと、十手、弁当、水筒などなど、この短時間にいつ用意したのか分からない。
「さて、待たせたな。長屋に行くとするか」
志郎は貞治を引き連れて出発を宣言した。実際には五分と待っていない左兵衛だったが、別段早いに越したことはない。
来たときよりは少し余裕を持ちながら、三人は東長屋へ向かったのであった。
最初のコメントを投稿しよう!