序章 血と魔物

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『魔に触れる者、心に牆(かき)を立てよ』  牆とは垣根のことである。これは魔導士と接する際は一線を越えてはならないという意味の古いことわざで、現代では「損をする」という意味でしばしば用いられる。  要するに、魔導士は昔から嫌われていた。  いつか現れるかも知れぬ「魔物」。それに対抗する力が魔導であり、それを使役する魔導士なのだが――「平和な現代に無益な力を持った危険人物」――それがここ、日本での魔導士に対する一般的な認識である。  だが、魔導士すべてが“危険人物”かというとそれは誤りである。むしろ危険人物は少数。魔導士の戦争投入、魔導を神の力と崇める過激派のテロ、日常における魔導を使った事件。最近だと三年前に起きた中東での戦争に魔導士が投入されたという噂。  これらの事象、魔導の誤った使い方が「魔力」を持たない人間に恐怖を与え、魔導士を危険視させている。  そのため隠者のように正体を隠しこの世界を生きる魔導士も多い。  そもそも魔導とはなにか。詳しいことは不明である。  文献はなに一つとして残っておらず、残っているのは数千年前に人と魔物による戦争が「消えた大陸」で起きたという伝承と「地水火風」四属性の魔導の使い方ぐらいなものであった。  魔導や魔物について研究する者もいるが、魔導士は魔導が使えるというだけで他の人間と“ある一点を除いては”血液も、皮膚も細胞も何ら変わりはなく、「魔力」というものは不可視なエネルギーとされている。  こと魔物に至っては大陸そのものが消失してしている。そのため“魔物の化石”なんてものもなく、さらになにも分かっていない。  重箱の隅をつついてもなにも出てこないような状況に「魔導士こそが魔物の正体だ」などという研究者まで出た。  しかし、その意見には賛同する者も多い。  
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