~すす掃い~

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~すす掃い~

駅前にある行きつけの小さな喫茶店に私が着いたのは、百合との約束の時間より五分ほど過ぎた頃だった。 百合の性格上、待ち合わせの時間に遅れてくるなどということは考えられないので、おそらく既に店の中で私を待っているに違いないと思いながら入口の扉を開いて店内を覗くと、やはりそこには百合の姿があった。 店内の様子はいつもと変わらない。 カウンター席が6つと、通りに面した大きな窓の傍にある2人がけのテーブル席しかない小さな店の中は、あらゆるものが黒と白のモノトーンで揃えられ、シックでかつ落ち着いた雰囲気を醸し出している。 マスターは七十歳をとうに超えてしまっているであろう白髪の老人で、いつもカウンターの奥に座って、ただぼんやりと煙草を吹かしている。 実際、店を切り盛りしているのは老人の孫のウェイトレスで、基本的にはあらゆることを彼女一人でこなしている。 しかし、この喫茶店には滅多に客が来ることがなく、たとえ一人であったとしても、それほど大変ではないのだろう。 今も百合以外の客はおらず、老人もウェイトレスも退屈そうにしていた。 百合は通りに面した大きな窓の傍にある二人がけの席に座り、テーブルに肘をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。 私は小走り気味に百合の待つ席まで行ってから、「遅れてごめんね」と、遅刻したことを詫びた。 すると、百合はようやく私が目の前に立っていることを認識した様子で、「気にしなくていいよ」と言ってから、小さく笑う。 私はそれを確認してから、コートを脱ぎ、席に腰を下ろす。 すると、私が席に着くのを待ちわびていたかのように、すぐさまウェイトレスが水とおしぼりを持ってやってきた。 私はホットコーヒーを注文してから、おしぼりを手にとった。 おしぼりはほどよく温めてあり、冷たい冬の風に吹きさらされてかじかむ私の手には心地よい。 私は十分に手を温めてから、水を一口啜った。 「寒かったでしょう?」 百合がチラリと窓の外に目をやりながら言った。 私はもう一口水を啜って、喉を潤してから、百合の問いに答えた。 「うん。寒かったわよ」 「今日は誰も車で送ってくれなかったの?」 「今日は誰も都合がつかなかったのよ」 私はそう言って、小さくため息を吐いた。
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