ミラージュ

1/1
81人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
...っ!... あの人が、必死に名を呼んでくれていた。 その声は、震えている。 愛しさに胸が熱くなる。 ずっと前に、心の奥底にしまいこんだ切ない想いがあふれてくる。 幻、だろうか。 でもはっきり聞こえた気がするのは、願望だろうか。 そんなにも、求めていたのかと、自分の気持ちの切実さに苦笑する。 人は追い詰められないと気付かないのかもしれない。 長い間、強い気持ちで押さえつけていた本音が迫り上がって、のどを切り裂くかのように熱を持って膨張している。 逢いたい。 逢いたい。 そう思って声のする方へ頭を傾けようとした。 目を開けると、最初夜空が見えた。 星が瞬きながら見下ろしている。 右手がとても重くて、体は痺れたように動かなくて、頭がぼんやりしていた。 後頭部に生暖かいものを感じて、自ずと理解した。 不思議と痛みは感じない。 最期だから、いいかな...。 ぼやけた視界の端に面影を見つけて、胸が痛いほど願った。 神様、ほんの少しだけ、目を瞑っていて。 見なかったことにして。 自分に出来ること、精一杯やれたと思う。 だから、もう一度だけ。 ...逢いたい...。 ...触れたい...。 夢でもいいから。 近くに感じることを...、許してください。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!