序章

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 緋色の桜。  千桜の忍びが現れた時、そこには真っ赤な桜が散る。人間という幹を斬り倒して。  忍びには、心がないと言われている。痛みすらも無視できるまでになるという過酷な訓練と調教は、驚異の戦闘能力と引き換えに、心を破壊されるという。  土地に夥しいほどの桜を持つ、北の国、千桜。 太古の昔の英雄が生まれた南の国、浅葱。  両国が衝突して十数年。今宵もまた、紅い桜が散ろうとしていた。  鳴り響く警鐘。  寒さの残る初春の月、真夜中の浅葱の国、西方(にしかた)の町。何かを追うように、松明や行灯を持って走る幾人かの男たちが見える。  今夜は新月。  そのせいで真っ暗。明かりがなければ伸ばした手の先も見えなくなる。所々の壁に松明が掛けられ、火が光を作り出していたが、その程度で簡単に晴れるような薄い闇ではない。星の光さえ飲み込む闇の中、男たちが追うのはその光にほんの一瞬映し出される影だ。  追われる小柄な影、千桜の国の忍者、如月アヤメは昨晩の雨で湿った土の上を疾駆する。  他の四人の忍者も同様にどこかで逃げているはずだが、彼女はそこに思考を回さない。  ――鋭い男だ。  新月の晩、天井裏にて、気配はそこらを這い回るねずみよりも薄く。各軍の将軍たちが集まり、議論を繰り広げる広い一室。忍者にとっては最上級の好環境の中で、すぐに気付いて天井に槍を突き刺した男がいた。  浅葱国国主・日向カヅキ。  忍びが自分たちの存在に気付かれたとなれば、撤退するより他に無い。ここで奴の首を取ろうとしても、確実に返り討ちにされる。というのも、今まで数多の忍びたちが挑んだが、その全てがたった一太刀で首をはねられていたからだ。  というわけで、全員で外に飛び出して、撤退している始末である。  ……それにしても。  アヤメは走りながら考える。  年端に満たない少女でも、一端の忍者としての修行を積んだ彼女は戦いに関しては大人の忍者たちよりも頭一つ飛び出る実力を持っている。が、いささか数が多すぎる。  力が及ばない相手ではない。油断さえしなければ逃げるのはたやすいが、侍を一人二人叩きのめした程度では数が減らない。
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