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激しい雨が、降りしきる夜。
息が白くなるほど、寒い日だった。
自宅マンションの前歩道で、雨に濡れる青年が一人。膝を抱えて座っていた。
それはあまりに異常な光景に思えた。
すぐ傍には雨をしのげる屋根があるというのに、そこには入らず、歩道で静かに雨に打たれているのだ。
自ら濡れることを望んでいるとしか思えない。
(――変な子)
その時抱いたのは、ただそれだけの感情で、傘をさしていた私は、厄介ごとを避けるべく見ないふりをして、その横を通り過ぎようとした。
勢い任せに地面を打つ雨音と、足を滑らせぬようにと慎重になる己の足音のみが私の世界を支配していた。
そんな中で。
「…ねぇ、おねぇさん」
届くはずのない声が、届いた瞬間。
反射的に顔を上げた私は、俄かに彼と視線を交える。
あまりにもまっすぐなその瞳に、私は傘の下で小さく肩を震わせた。
「俺を拾ってくれない?」
呆然とする私に向けて、彼はそう言い放つ。
そして、冷え切った真っ白な手を、ゆっくりとこちらへ差し延べた。
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