序章

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「先王の妾と言葉を交わす義理など無いはずだが」 「恐れながら、陛下。私はその先王、今は亡きヴァゼリッド様の御言葉を請けお目通りを願いました」 「何だと……?」 淡々と言葉を発し、セシリアは一枚の封筒を掲げる。ソロンの傍らにいた男が動き、セシリアからそれを受け取る。そして驚きの声を上げた。 「これは……国王陛下の印、ですね」 「ヴァゼリッド様の最期の勅命にございますれば」 ざわりと喧騒が広がる。ソロンが軽く手を上げる動作だけでそれはすぐに収まったが、動揺と好奇の視線が注がれる。 ソロンは渡された封筒を無造作に開け、中の“勅命”に目を通す。 冷たい瞳が見開かれた。 「よくも貴様っ……やってくれたな!」 激昂に震え、ソロンは頭を上げないセシリアを睨み付けた。欠片も動じないその姿に小さく「女狐め」と吐き捨てる。 ぐしゃりと髪を握り思考を巡らせる。勿論、父から遺された“勅命”についてだ。 ――先手をとられた。これだけの人数が居る中で先王の……それも最期の勅命を示し、正式な就任前の此方を縛った。戴冠式は、まだ先だ。 侮っていたらしい。一つ歯軋りをし、深く玉座に沈む。顔を覆った手の隙間から見遣ったセシリアは、やはり感情を悟らせない。 「セシリア・リレイン」 「はい」 静まり返った中、王の命が下される。 「此れを以て、王……私専属の側仕えに任命する」 磨かれた床を見詰めるセシリアは、ゆっくりと目を伏せる。 「有り難き幸せでございます」 「……去れ。全員だ」 言葉に従い立ち上がったセシリアが背を向けた。長い髪とドレスの裾が揺れる。 美しい娘と青年の目が合うことは、ついに一度もなかった。
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