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それでもくしゃり笑う老人の笑顔は
暖かくて、皺の感じとか、眉の薄い
感じと祖父にそっくりで……、少しだけ
此処に来て良かったと思う自分が居る。
「それじゃ改めて今日からよろしくな」
「こちらこそ、お願いします」
手を差し出され、重ねた瞬間、自分の
手があまりにも綺麗過ぎる感じた。
年老いてもなお残る手のひらの傷、
体温を奪われる感覚、そしてなりより
いろんな人と手を重ねてきた事による
経験がこの人は苦労人だと語った。
それは今まで周りに愚痴ってきたモノ
全てがただの贅沢な悩みであり、
身を粉にしてなんて言ってきたけど
人がする“苦労”とは程遠いとまた
思い知らされる。
「失礼ですが、もしかして先程まで
洗い物してましたか?」
「よく分かったね。ワシはどうも溜める
癖があるみたいで使える皿が無いんじゃ」
「良かったらお手伝いしますよ」
「本当かい!?いや~助かるのぅ~」
そう言って老人が入った部屋の中では
呑気にパンを食べる猫。
(親は何やってるんだ?)
内装は至ってシンプルで、物も和風の
家具にテレビがあり、布団敷かれている
だけで冷蔵庫やレンジもない。
「お邪魔します……」
入ってすぐ左に台所があると聞いて
いたが……、
「うわぁ~……」
シンク一杯に積まれた食器の数々。
よくもまぁ~こんなに溜めれたもんだと
感心しつつもコートや上着を脱いで
椅子にかけ、ワイシャツの袖をめくって
一枚一枚丁寧に洗っては振り返って直ぐ
手の届く位置に小さなワゴンの上に
置かれた食器乾燥機に入れていく。
まさかこんな所で下隅時代の自分が
役に立つと思わなかった。
確かに給料にはならないが、不思議と
嫌ではなく、全部終わらせて頂いた
お茶は格別で、流石に疲れたと部屋に
帰る俺の後ろを猫がトタトタ歩きながら
ついてくる。
「何でついてくるんだ?」
「今日から世話になってやろうと思って」
凍る背筋、まさか立派な大人が
“忘れてた!!”なんて言える筈もなく、
平常心を保ちながら汗をだらだらと
流しながら何度か頷く。
「あ、明日からじゃ駄目か?」
自分でも思う。動揺を隠したいなら
もっと落ち着いた声色を出すべきだと。
しかし、噛まないだけマシと言うか、
声は裏返ってしまっている。
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