その1:人柄

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それでもくしゃり笑う老人の笑顔は 暖かくて、皺の感じとか、眉の薄い 感じと祖父にそっくりで……、少しだけ 此処に来て良かったと思う自分が居る。 「それじゃ改めて今日からよろしくな」 「こちらこそ、お願いします」 手を差し出され、重ねた瞬間、自分の 手があまりにも綺麗過ぎる感じた。 年老いてもなお残る手のひらの傷、 体温を奪われる感覚、そしてなりより いろんな人と手を重ねてきた事による 経験がこの人は苦労人だと語った。 それは今まで周りに愚痴ってきたモノ 全てがただの贅沢な悩みであり、 身を粉にしてなんて言ってきたけど 人がする“苦労”とは程遠いとまた 思い知らされる。 「失礼ですが、もしかして先程まで 洗い物してましたか?」 「よく分かったね。ワシはどうも溜める 癖があるみたいで使える皿が無いんじゃ」 「良かったらお手伝いしますよ」 「本当かい!?いや~助かるのぅ~」 そう言って老人が入った部屋の中では 呑気にパンを食べる猫。 (親は何やってるんだ?) 内装は至ってシンプルで、物も和風の 家具にテレビがあり、布団敷かれている だけで冷蔵庫やレンジもない。 「お邪魔します……」 入ってすぐ左に台所があると聞いて いたが……、 「うわぁ~……」 シンク一杯に積まれた食器の数々。 よくもまぁ~こんなに溜めれたもんだと 感心しつつもコートや上着を脱いで 椅子にかけ、ワイシャツの袖をめくって 一枚一枚丁寧に洗っては振り返って直ぐ 手の届く位置に小さなワゴンの上に 置かれた食器乾燥機に入れていく。 まさかこんな所で下隅時代の自分が 役に立つと思わなかった。 確かに給料にはならないが、不思議と 嫌ではなく、全部終わらせて頂いた お茶は格別で、流石に疲れたと部屋に 帰る俺の後ろを猫がトタトタ歩きながら ついてくる。 「何でついてくるんだ?」 「今日から世話になってやろうと思って」 凍る背筋、まさか立派な大人が “忘れてた!!”なんて言える筈もなく、 平常心を保ちながら汗をだらだらと 流しながら何度か頷く。 「あ、明日からじゃ駄目か?」 自分でも思う。動揺を隠したいなら もっと落ち着いた声色を出すべきだと。 しかし、噛まないだけマシと言うか、 声は裏返ってしまっている。
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