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流れ落ちてゆく涙。
雛子はそれを拭いもせずに、奈菜に向けて言葉を放つ。
「でも……出来なかった」
「それは……円香のお母さんだったから?」
真っ直ぐに雛子を見据える奈菜。胸元の拳は強く握り締められていた。
「円香を失いたく無かったから。でも……あたしの中はどんどん窮屈になっていって、息も出来ないくらい苦しくなっていったの。義一の顔が夢に出てきて……苦しくて苦しくて……」
何かを堪えるかのように唇を噛み締め、赤くなった鼻をすする雛子。
体が震え出していた。
「もうどうしょもなくて、やっぱり警察に話そうって思ったのが義一の葬式の時だった。円香も来てくれたから話そうとしたの。でも……どうしても言えなかった……だって……」
不意に言葉を切ると、雛子は茶色い上着のポケットから、円香の持っていた赤い携帯を取り出す。
「……泣いてたんだ……顔をくしゃくしゃにして……義一とあたしの為に」
「……雛子」
「だから言え無かった。言える訳無かった。……でもあたしには全てを受け入れる事が出来なくて相談するしかなかったの。そうしなきゃ、自分が狂ってしまいそうで」
言い訳をしているかのように話す雛子の涙が、ポタリと携帯に落ちる。
「……菊池先生に?」
雛子は小さく頷いた。
「…………まさか、円香のお母さんを菊池が脅迫するなんて思って無かったから……」
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