さくらさくら

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「久し振り」 にこりと微笑って言われ、 「そうだね」 こちらもそう返す。続けて青龍に小さく会釈すれば、無言のまま小さな盃を掲げられる。 その盃の中、命の水と称される透明な水の上に、ひらり小さな花片が浮かんでいる。 視線を上に向けると、月夜を背景に咲き誇る薄紅の桜。 「――――」 思わず声を失った。 「晴天の下もいいけど、月明かりの下も」 悪くない、と続けた貴人に肯き、促されるまま腰を下ろすと、待っていたように盃を差し出される。礼を言って口をつければ、ふわりと拡がる芳醇な香りに、自然に口元が綻んだ。 最近は少なくなっていたが、この面子で飲むことはよくあった。それが故、大裳の好みも熟知している貴人が選んで持ってきたのだろう。 因みに、青龍はかなり酒の好みに煩い。美味しく飲めればなんでもいい、と言いながら、不味いものは二度は口にしないし、平気で不味いと言い捨てる。 青龍の好きなものを探すのは大変だ、と微笑いながら貴人がいつだったかに言っていた。 大裳は好みはあるが、拘りは余りない。安酒だろうと自分が美味しいと思えばそれでいい。 一方の貴人は、……実はよく解らない。 なんとなくいつでも、どんな酒でも、穏やかな微笑で美味しそうに飲んでいる印象だが、好みを聞かれると答えられない。もしかしたら、自分よりもっと頻繁に貴人と飲んでいる青龍も、貴人の好みに関しては解っていないかも知れない。 底が知れない、……と言ってしまうと少し言葉が悪いかも知れないが、貴人はまさにそれだった。 貴人は、他人に自分を晒すことがない。十二天将の中心として、悩みも迷いも人並に持っている筈だし、鬱屈のようなものも抱えていて当然だと思う。……けれど、そういった処を貴人は人に見せない。 壁を作っている、という感じではない。しかし、彼の周囲には薄い膜のようなものがある気はする。 こんな風に他人に気を遣って、だけど。……彼自身が気を休められることはあるのだろうかと、少しだけ、不安だった。 「大裳」 考えに沈んでいた自分を呼び起こしたのはやはり、貴人だ。
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