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「…美味しいよ、すごく」
そう言うと、ぱあっと涼さんの表情が明るくなった。
「本当? 良かった。翔じゃアテにならないし」
「失礼な、ちゃんと褒めただろ」
「『あーうまいうまい』って適当にね。カクテル作るのは真剣なのに料理には興味ないんだから」
二人のやりとりが目の前で繰り広げられているのに、僕は何となく、ぼんやりしていた。
一緒に食べたもの…それとは微妙に味だって違うのに、それでも。
否応なく記憶は、彼女との時間を呼び起こす。
一緒に過ごした時間は、長くはない。
だけど思い出は、少なくない。
何でもない出来事でも、彼女となら特別な思い出に変わる。
恋心を情けないと思わなくなったら、今度は記憶と諦めとの格闘の始まりだ。
まだまだ僕は、彼女との時間を忘れられそうにない。
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