ー英雄ー

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     ◇ ◇ ◇  召喚された俺は魔法陣の上に降り立ち、すぐに息を呑んだ。召喚者であるシャオが目の前に倒れていて、苦しそうに息を乱している。すぐに屈みこみ頭を抱え上げた紅目は、焦りと共にシャオの名を呼んだ。  ごめんなさいと、シャオは紅目の両腕にしがみつく。まだ幼いままの体躯は屈んだ紅目の身体に包まれる程小さい。両脇を抱え上げるだけで持ちあがるような、そんな身体でどれだけのものを背負って生きてきたのかを、今、ただ見せられている俺は、シャオの事なんて何も分かっていなかった。  何があったと紅目は尋ねた。怖くなって呼んじゃったと、シャオは声を震わせながら言う。あれだけ待機空間が崩壊する程までにシャオを怯えさせる何かが起きたのか。  この時の俺は本当に、蚊帳の外だった。最初から最後まで、紅目の固有歴史。いや、それが普通なのかもしれない。ここまでの紅目よりも、ここからの紅目の方が。多くの人と触れ合うことになるんだろうから。  ――周囲を見れば、それは海岸だった。遠い水平線を挟む星空と、細かい砂がひしめく中に、寄せ返す波と枝垂れる長い葉が音を奏でる。ここがどんな時代なのか、何があってシャオが倒れたのか。他にも、沢山。  紅目はシャオの身体を一番に気遣いながら、そんな話を長い時間をかけて聞いていた。その様を紅目の中で聞いているハズなのに、まるで硝子の壁を一枚挟んだ向こうを、遠くから眺めているだけのような心地だった。  もしも俺に自由があったとして。今の俺に、シャオを気遣う余裕なんてあっただろうか。あるはずも無い。自分の弱さをまざまざと見せつけられて、出来る事ならもう何処かへと逃げてしまいなんて考えてしまっている自分に、余裕なんて。  それでもこの時代が、いつなのか。それが分かった瞬間俺は、少しばかり息を吹き返したのかもしれない。自分が生きた時代より、二十年と少し前。つまり俺なんかはまだ生まれてもいないけれど、それでも、近い。今までよりは格段に。  逆に言えばそれだけの時間をシャオは早送りしたということになる。シャオと紅目が採った早送りという救済措置は成功だったと言えるだろう。もしも早送りせずに時を歩いていたのなら、シャオがこうして辿り着けたか分からない。一人の人間が、そんな長い時間を受け入れる訳ないのだから。
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