第一章

5/24
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
 別に新しい訳でもなく、かと言って古い訳でもない。商店街や娯楽施設で賑わう駅周辺から徒歩で二十分離れた住宅街に、その平屋の庭付き一戸建ての単なる純和風の佇まいの家屋があり陽介の東京に抱いていた期待は打ち砕かれた。 ――これが東京の家か? 肩すかしにも程がある。これじゃ単なる洒落た田舎の住宅街と変わらないじゃないか。――、遠くでアブラゼミが鳴いているのを感じた陽介は尚更肩を落とし引き戸を引いた。 「おやおや、随分遅かったじゃないかね? 迷ったのかい?」 お決まりの音を立て玄関が開くと、最初に畳のほのかに良い匂いがし無意識に深呼吸をしていると、電気の点いた手前の部屋からどこか郷愁を漂わせる腰の曲がった老婆が出て来た。 「あ、ばあちゃん……ううん、寄り道してただけだよ」 出迎え人の名は祖母である斎藤初枝、御歳八十歳である。幼少期の陽介の記憶が正しければある出来事を除けばトータル的に朗らかで優しい普通の老婆である。 孫の陽介が小学校を卒業するまで同じ田舎の実家で暮らしており、その時は母親よりもお世話になっていた人物である。 そんな十二年間の教育期間に良い事も悪い事も全てクシャリ顔で包みこんでくれたのがこの初枝である。だから陽介はあえて嘘を付き顔面に貼り突く疲労を粉砕した。この人だけは【もう】裏切ってはならないと思う。 「そうかい、じゃあさぞお腹が空いてるに違いないね。さあお上がり、ようちゃん」 「うん……これからよろしく」  孫にそう思われる初枝ではあるが、去年の秋、出会った頃から既に心臓病を患い。それでも一緒に辛い闘病生活を生きて支えて来た亭主を去年亡くした。陽介からすれば祖父にあたる人物である。 だが、初枝の顔はそれを感じさせぬ温かな笑みを浮かべどうしても疎遠になっていた孫を優しく時代を感じる自宅に迎え入れた。 「ふぅー」  そんな初枝が用意していた夕食を居間で済ませ次に案内された部屋は、なんと亡き祖父が使っていた庭に面する家具の残されたままの八畳の和室だった。現に壁に二人の写真が飾ってあるので直ぐにここが誰の部屋だったか分る。それに、ここがどれだけ初枝にとって大事な場所であるのかも 。 「おじいさんの書斎だったけど、ようちゃんが好きに使うといい。――、家具は買い換えなさい」  だが、綺麗に整頓された部屋を見渡した初枝はそう言い切った。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!