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「…だりぃ」
起床して一番、明識が感じたのはいつにもない身体のだるさだった。
思わず口に出す本音を余所に、手を額に当ててみる。
(あー…。何時以来だ?熱出すの)
10代に入ると、風邪をひくこと自体が減った。
特に大きな病気にもかからず過ごしてきたこの10年近くで、熱を出したことなんかなかった筈だ。
(…あーくそ。熱ってこんなだるかったっけか…思い出せねえ)
熱を持った頭では正常な思考が出来ない。
諦めて再びベッドに横になろうとしたとき、傍らの携帯電話が鳴った。
電話だ。
「…なんだよ、蔦織」
『あーごめんごめん。寝てた?』
「いや、今丁度起きたとこだ」
『それはよかった。ちょっと店番頼めない?』
電話の主、零崎蔦織は小声で要求を伝えてきた。
電話の向こうでウィンクしながら困ったような笑顔で手を合わせる彼女の姿が浮かぶ。
「買い物か?」
『そうそ!レモン切らしちゃってさ。30分くらいで戻るからさぁ』
明識は自身の赤い前髪を掴みながらため息をついた。
身体はだるいが、30分くらいならなんとかなるだろう。
無償で寝食を提供してくれている相手なのだから、出来ることはやらなければならない。
「5分で行く。待ってろ」
* * *
パブ"Cape of Origin"は、蔦織が表向きに経営している店である。
その地下には住居スペースが設けられ、家賊が自由に出入りしていた。
誰もいない狭い店内、明識はカウンター席に座ってボーッとしていた。
この時間店はやっていないために客は来ない。
しかし、鍵をかけて出てしまうと、その間家賊が出入りできなくなってしまう。
そのため、蔦織が席を外すときは必ず誰かが店番をしていた。
明識は勝手にグラスを拝借し、氷とミネラルウォーターを入れて近くに置いた。
掌から伝わる冷たさが気持ちいい。
さっきから暑いような寒いような気がする。
生憎解熱剤は持っておらず、持っていそうな家賊もいなかった。
重い頭を叱りつけ、なんとか意識を覚醒状態に保つ。
蔦織が帰ってきたら取り敢えず寝よう。
そんなことを思っていると、パブの扉が遠慮がちに開いた。
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